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第31話
「あ、の…ごめん俺、」
「入れば?用があって来たんでしょう」
少し躊躇して、落合が小さな歩みでこちらにやってくる。
すっかり萎縮した様子の落合は、抱えていたプリント類を握りしめた。
くしゃりという紙の音がやたらと響いた。
確かに脅かしたが、あの時はこっちだって脅かされた気分だ。
龍樹は思わず小さく溜息を吐いたが、それに気付いた落合はビクリと身体を跳ね上げて。
それにまた溜息を吐きたくなった。
「…別に襲いませんよもう」
「えっ!あ、ちがっ」
「じゃ何ですか」
再び顔を上げて見れば、落合はボンッと音がしそうな勢いで赤面した。
「あの、その、えっと」
「なに」
さっきはあんなに視線が交わって外せなかったのに、今度は全くこちらを見ようとしない。
真っ赤になってそわそわと視線を泳がす落合に少々の苛つきを覚えて、それを隠さず声に出したつもりだったが、意外にも自分の口から出た声は柔らかかった。
「たつきくんが目の前にいるのが、なんか嘘みたいで」
嫌われてると思ってたし、と伏せた目は、少し潤んで見えた。
「別に嫌ってなんか」
嫌っていない?
そんな訳ない。
こんな風に煮え切らない態度もイライラするし、誰が聞いているかわからないような場所で立場を弁えない発言をする考えなしだし、なにより人のペースをこんなにも乱してきて、不愉快極まりない。
けれど、何故か嫌いだと口にするのは憚られた。
現に不思議と龍樹の心は今、凪いでいる。
発情期を迎えた水樹の元へ行く水無瀬の背を見送って、やり場のない虚しさで覆われていた。
それを忘れたくて図書室に来た。
何か読もうと思ったけれど集中出来なくて。
結局受験生だからと理由をつけて勉強しだしたのに。
「………それ、英語だよね、リーディング?」
黙りこくった龍樹をどう思ったのか、落合は話題を変えた。
幼く見えるが、落合とて立派な大人だ。
少なくとも龍樹よりも5つは年上だろう。
気を使われたことに若干の居心地の悪さを感じながらも感謝して、龍樹は小さく頷いた。
「特進科ってこんなのやるんだ、すごいね」
「…持ち上がりの普通科1年なんて、酷いもんでしょう」
「あはは、うん、まぁね」
不思議だ。
あんなにも避けていた落合と、こんな普通の会話をしていることが。
落合の少し高い声は、龍樹の耳によく馴染んで、とても心地いい。
図書室には、2人の他に誰もいない。
誰も、来なくていい。
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