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第33話
「笑ったって、あんた俺を何だと思って…」
「ご、ごめん、でも嬉しくて」
なんだかこちらが居た堪れない。
そんなに自分は愛想がなかったかと思ったが、そういえばこの人とまともな会話をすることすら初めてだったと思い直した。
そう思うと、少し申し訳ないとさえ感じる。
教師と生徒として接していれば、普通にいい先生じゃないかと。
「たつきくんが笑ってくれるなら俺、字汚いままでいいや」
「それはどうかと」
「うっ…」
今度は大げさなほど落ち込んで見せる。
表情がくるくる変わって、子どもみたいだ。
年上の男、それも先生という立場の人間に対して言うことではないが、見ていて微笑ましい。
考えなし、というよりは、素直なのだろう。
この数時間で落合に対する認識が物凄い勢いで変動しているのに、気付かないふりをした。
もう季節は夏に入りかけている。
じっとりと蒸し暑い気候は不快でしかないが、隣にいる落合が半袖ではあるもののきっちりネクタイを締めたままだったので、暑いと愚痴をこぼすのも悪い気がして。
龍樹は制服のタイを解いてポケットに無造作に突っ込むとシャツのボタンを開けた。
すると、隣からやけに視線を感じて。
見れば落合がじっとこちらを見ていたようだが、龍樹が視線に気付いたことを知ると、バッと勢いよく顔を逸らした。
その頬はほんのり赤い。
「…あの」
「待ってダメ何も言わないで!」
そう大声で制されてしまえば龍樹は黙るしかない。
落合は大きく深呼吸すると、少し涙目になってそっと龍樹を見上げた。
そして言葉に詰まったように視線を少しだけ泳がせて、その後、遠慮がちに口を開く。
その姿は、例えるならそう、叱られるのを覚悟で悪戯を告白する子どものよう。
しかしそんな子どものような仕草とは裏腹に涙の溜まった目尻が赤くなっていて、それが妙に煽情的で、龍樹は目が離せなかった。
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