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第34話
「…その、ごめん…」
その口から紡がれた言葉は、龍樹にはとても意外なものだった。
何に対して謝られたのかわからず小首を傾げると、落合は視線を落としてまた小さくごめん、と呟いた。
「それは何に対しての謝罪ですか」
我ながら酷い問いかけだ。
案の定落合は少しだけ身体を震わせて、すっかり萎縮してしまった。
「たつきくんが運命だと思ったんだ、本当にそう思った、けど…たつきくんは違うんだよね」
じわじわと大きな瞳に涙が溜まっていく。
今にも溢れてしまいそうなそれをグッと堪えると、落合は下手くそな笑顔を浮かべて龍樹を見上げた。
「ただの一目惚れを運命と勘違いしたんだね!バカだなぁ俺、ほんと、振り回して、ごめ…」
その言葉が最後まで紡がれることはなく。
代わりに大粒の涙がボロッと溢れて、それから堰を切ったように溢れ出した。
ぼろぼろととめどなく溢れる涙を、拳で拭い取る落合は意外と男らしい。
ぐずっと鼻をすすると、ごめん、と鼻声を漏らして龍樹に背を向けた。
「…いいんじゃないですか」
落合の鼻をすする音が、止まった。
「別にいいんじゃないですか」
重ねて言うと、今度はゆっくりと落合が振り返る。
たっぷり涙を溜めて、真っ赤になった大きな瞳が龍樹を捉えた。
涙がキラキラと光って、まるで何かの宝石のよう。
ああ綺麗だな、と。
この綺麗な瞳が今自分だけに向けられていることに少し優越感さえ感じた。
「運命なんて、要は一目惚れみたいなもんじゃないですか。運命だからって執拗に迫ってくるのはどうかと思うけど、好きでいるのはあんたの勝手ですよ」
「…いいの?けど俺は、教師で、君は」
「ダメだって言って何とかなる程度の感情で振り回されてたんなら、それこそいただけないですね」
言いながら、思い浮かんだのは水無瀬だ。
兄の番になった水無瀬をずっと好きだった。
その感情を捨てようとしたところで、土台無理な話だったのだ。
捨てられるならとうに捨てているのだから。
水無瀬とどうこうなりたいわけじゃない。けれど、好きでいることだけは許して欲しい。
そう思うことで、行き場を失った恋心を消化したのだ。
落合は一瞬目を見張って、そして花が綻ぶようにほわりと優しく笑った。ありがとうという言葉はやっぱり鼻声で、けれどどこか嬉しそうで。
龍樹は心の奥底がほんのり色付いた気がした。
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