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第36話〜幕間〜

水無瀬はセックスそのものより、むしろ事後特有のこのとろりとした空気が好きだった。 だからこそ、ただただ交わるしかないこの発情期というものが好きではなかった。 「ねぇ」 「ちょっと…触んないで」 「龍樹はまだ引き摺ってるのかな」 ピクリと水樹の肩が跳ねた。 そして気怠げに身体を起こすと、何の話かわからないとでも言いたげにこちらを見返してくる。 正確には、どの話かわからない、か。 「あの時僕とセックスしなかったこと」 にっこり微笑んで告げれば、水樹の顔は一瞬だけ驚きを示し、直ぐに悔しそうに歪んだ。 「…龍樹は、誰が相手でもセックスなんてしないよ」 水樹はそっと目を伏せた。 実際水無瀬は龍樹と交際していた時期が確かにあったが、彼とは一切性的な触れ合いをしたことがない。 それに不満を抱いていたわけではないが、当然疑問は抱いていた。 「しないっていうか、出来ないんじゃないかなぁ」 水樹はどこか遠くを見ている。 2人しか知らない何かが過去にあったのは明白だが、それを興味本位で暴くのは、きっと龍樹を傷付ける。 水無瀬にとってもそれは本位でないので、敢えて質すことをしなかった。 「…水樹だけの問題なら遠慮なく聞くんだけどね」 「はいはい、どうせ俺は代用品ですよ」 「それでいいって言ったのは君だよ」 スパッと返せば、水樹は少しだけ唇を噛んだ。 そう、その顔だ。 その顔が、堪らなく好きなのだ。 気付かれないようにうっそりと笑むと、水樹が被っていた布団を強引に剥ぎ取り、細い首筋に指を這わせた。 「龍樹にこんなことできるわけないでしょ」 そこにある自分がつけた噛み跡に強く爪を立てると、水樹が小さく悲鳴を上げて、辺りに甘い香りが充満した。 大切に慈しみたいという温かな想いは、確かに存在する。 けれどその手段を、水無瀬は知らない。 夏でも冷たいこの白い手は、痛みを与えることで愛することしか知らないのだ。

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