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第38話
以前のように発情期が誘発られるようなことは無かった。
あの時は恐らく、項に一瞬でも触れたことが引き金になったのだろう。
龍樹もそれは理解しているのか、それともその気がないのか、項どころか必要以上に近付くことさえない。
本当にただ教師と生徒が談笑しているだけだ。
落合も本は好きだが、龍樹は好きとかいうレベルでは無く、その博識ぶりには度々驚かされた。
α家系で裕福だという実家には父や祖父の蔵書が夥しいほどあり、それを小さい頃から見て読んで育ったという。
そういう小さな情報を自分から話してくれるのが、たまらなく嬉しい。
(今日も、会えるかなぁ)
本当はこの忙しい時期に図書室に入り浸るような暇はないのだが、折角仲良くなれたのだ。
一瞬も無駄にしたくなくて、毎日放課後は龍樹と会うために図書室に通い、仕事は寮の部屋に持ち帰って徹夜している状態だった。
徹夜なんて学生のときはしんどくてたまらなかったが、不思議とそんなことはなく。
まだ20代も前半なのに、若いな俺、なんて思うのだった。10代の中にいると、自分はもう良い年に感じてしまうらしい。
今日ももう放課後になる。
特進科の龍樹はもう少し授業があるだろうが、その時間を待つのさえ楽しくて、落合はにじみ出る幸福感を隠そうともせずいそいそと職員室を出ると、まっすぐに図書室へ向かった。
すると、聞きなれない声に呼び止められる。
「あ、落合せんせー」
反射的に振り返った先にいたのは、彼とよく似た容貌。
にっこり微笑むその顔を見て、もう夏になるというのに、ひんやりと背筋が冷えた気がした。
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