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第41話
「ね、先生…最近龍樹変なんですけど」
バカじゃないのか、自分。
いつの間にか距離を詰めた水樹は、傍目にはわからない位置でガッシリと手を掴んできて、逃げることは到底出来そうにない。
背はいくらか自分よりも高いが、かなり細く華奢に見えるのに、すごい力だ。
「…変って」
「絶対さぁ」
「っ!」
グイッと急に手を引かれて、バランスを崩した。
危うく水樹の肩口に突っ込みそうになったところをすんでのところで堪えると、水樹の口元は落合の耳元にちょうどかかるところで。
「先生、Ωでしょ?」
囁かれた言葉に、硬直した。
ーーー逃げないと。
そう思うのに、力が全く入らない。
掴まれた手を振り払うことも出来ず。
声を上げることも出来ず。
ただただ震えるしか。
そんな落合の姿を、少しだけ高い位置から水樹は色の無い表情で見降ろしていた。
「やっぱりかぁ、先生わかりやすすぎ」
クスクスと水樹は控えめに笑うと、その手をパッと離した。
少しだけ痛む手は、特に痕になったりはしていない。
すごい力だと思ったが、案外そうではなくて、ただ自分が恐怖に慄いていたせいだったのかとすら思った。
「…Ωだけど、なに?」
「別に?ただ可愛い弟に悪い虫がついてるみたいだったから、確認しただけです」
そんな言い方、と思ったが、反論することは出来なかった。
悪い虫なのは間違いないから。
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