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第43話

「…逆さだけど」 「へぁ!?」 びっくりした。 びっくりした、びっくりした! 龍樹の手には落合が今の今まで読んでいた…いや持っていた本。 ページは栞から進んでいないのに、窓の外はすっかり日が暮れてしまっている。 折角の逢瀬の時間を随分無駄にしてしまった気がして、がっくりと項垂れた。 逢瀬だなんて、落合が勝手に思っているだけなのだが。 試験を終えて夏休みがすぐそこまできていた。 連日の雨模様はすっかり消え失せて、今度は茹だるような暑さが続いている。 あの日、水樹から聞いた事実は確かめられないままだ。 そしてあの日から、龍樹は図書室に現れなくなり、試験を終えて漸く龍樹は現れた。 単純に試験勉強の為に図書室には来なかったのかもしれない。 だから、試験が終わったからまた図書室に現れたのかもしれない。 けれどもしかしたら、本当はずっとΩの落合を嫌っていて、毎日図書室で会うのが苦痛だったのかもしれない。 その心のうちを知る術は、今の落合にはない。 脳裏にちらつく水樹の言葉が、あの時一瞬見せた龍樹の苦しそうな表情が、落合の集中力を奪って行く。 (…Ω嫌い、かぁ) 珍しいことじゃない。 今までだって散々嫌悪の視線に晒されて、除け者にされて、それでもなんとか居心地の良い場所を探して生きてきた。 いちいち嫌われることを気にしていたら身がもたないことを、いつしか悟っていた。 だというのに、龍樹に嫌われているかも、と思うだけで胸が痛くなる。 ふう、とため息を漏らしたその瞬間。 「…10回目」 少しだけ低い声でそう呟いた龍樹は、じっとこちらを見ている。 10、というのが何を意味する数字かわからず、落合は首をひねった。

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