43 / 131
第43話
「…逆さだけど」
「へぁ!?」
びっくりした。
びっくりした、びっくりした!
龍樹の手には落合が今の今まで読んでいた…いや持っていた本。
ページは栞から進んでいないのに、窓の外はすっかり日が暮れてしまっている。
折角の逢瀬の時間を随分無駄にしてしまった気がして、がっくりと項垂れた。
逢瀬だなんて、落合が勝手に思っているだけなのだが。
試験を終えて夏休みがすぐそこまできていた。
連日の雨模様はすっかり消え失せて、今度は茹だるような暑さが続いている。
あの日、水樹から聞いた事実は確かめられないままだ。
そしてあの日から、龍樹は図書室に現れなくなり、試験を終えて漸く龍樹は現れた。
単純に試験勉強の為に図書室には来なかったのかもしれない。
だから、試験が終わったからまた図書室に現れたのかもしれない。
けれどもしかしたら、本当はずっとΩの落合を嫌っていて、毎日図書室で会うのが苦痛だったのかもしれない。
その心のうちを知る術は、今の落合にはない。
脳裏にちらつく水樹の言葉が、あの時一瞬見せた龍樹の苦しそうな表情が、落合の集中力を奪って行く。
(…Ω嫌い、かぁ)
珍しいことじゃない。
今までだって散々嫌悪の視線に晒されて、除け者にされて、それでもなんとか居心地の良い場所を探して生きてきた。
いちいち嫌われることを気にしていたら身がもたないことを、いつしか悟っていた。
だというのに、龍樹に嫌われているかも、と思うだけで胸が痛くなる。
ふう、とため息を漏らしたその瞬間。
「…10回目」
少しだけ低い声でそう呟いた龍樹は、じっとこちらを見ている。
10、というのが何を意味する数字かわからず、落合は首をひねった。
ともだちにシェアしよう!