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第45話

キーンコーンカーンコーン… その場を支配した静寂を打ち消したのはどこか間抜けな定番のチャイムの音だ。 それが示すのは部活の終了時刻。 完全下校だ。 龍樹は驚きを隠せなかった。 今確かに、落合に対して暴力的な衝動を感じたことに。 煮え切らない態度に苛立ちを覚えるのは前々からだった。 そもそも龍樹は短気な方だし、器用ではないことも自覚済みだ。だからその そういう相手とは極力付き合いを避けて それなのに今、明らかに自分に嘘を懇願するような落合の姿 実際チャイムが鳴らなければ、きっと手は出ていた。 (…危なかった) ほ、と気付かれないように安堵の息を吐くと、そっと落合の様子を伺う。 大きな瞳は伏し目がちに下を向いて、長い睫毛が影を落としていた。 真っ黒な髪は、出会った頃より少し短くなった。襟足だけが少し長い。 その長い襟足が汗に濡れて束になり、覗いたうなじに見つけたものに、龍樹は瞠目して。もっとよく見ようと、落合の髪を払ったその瞬間。 落合はビクリと大袈裟に肩を震わせたものの、龍樹の手を振り払ったり逃げたりはしなかった。 数個連なる、小さくて丸い傷痕。 引きつったような、それでいて少し膨れたようなそれは、火傷の痕だ。 「…根性焼き…?」 落合が蒼白になった顔でそっと龍樹の手に触れて、その手を弱々しく拒絶すると。 ふわりと甘い香りが漂う。 そこで漸く、龍樹は自分の失態を悟った。 あのときの発情期は、自分が安易にこのうなじに触れたから起きたことだったのに。 段々と強くなる甘い香りに、脳が揺さぶられるのを感じながら、龍樹はその火傷の痕から目を離すことができなかった。 「…できれば、知られたくなかった」 蒼白だった落合の顔に赤みが戻っている。 徐々に本格的になる発情の熱がそうさせるのだろう。 前回と違ってゆっくりと勢いをつけるフェロモンは、まるで落合の精神状態に呼応しているかのようで。 思考回路が食い潰される。 ー逃げて、と。 落合が下手くそな笑顔でそういった時、既に龍樹は正気ではなかった。

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