46 / 131
第46話
もっとよく見ようと、うなじにかかった落合の髪を払ったその瞬間。
落合はビクリと大袈裟に肩を震わせたものの、龍樹の手を振り払ったり逃げたりはしなかった。
そしてしっかりと見た。
数個連なる、小さくて丸い傷痕。
引きつったような、それでいて少し膨れたような独特の痕。
火傷の痕だ。
「…根性焼き…?」
ぼそりと呟いた言葉は、恐らく間違いではない。
しかしそれにしては、あまりにも不自然な場所だ。
落合が蒼白になった顔でそっと龍樹の手に触れ、その手を弱々しく拒絶する。
ふわりと甘い香りが漂う。
そこで漸く、龍樹は自分の失態を悟った。
あの時、この人が突然発情期に入ったのは、自分が安易にこのうなじに触れたから。
そんなことは龍樹もわかっていた。
だから触れないように、必要以上に近寄らないようにしていたのに。
段々と強くなる甘い香りに、脳が揺さぶられるのを感じながら、龍樹はその火傷の痕から目を離すことができなかった。
「…できれば、知られたくなかった」
蒼白だった落合の顔に赤みが戻っている。
徐々に本格的になる発情の熱がそうさせるのだろう。
前回と違ってゆっくりと勢いをつけるフェロモンは、まるで落合の精神状態に呼応しているかのようで。
理性が食い潰される。
湧き上がるのは、猛烈な所有欲。
しかし今の龍樹を支配しているのはそれ以上の、嫉妬だった。
ー逃げて、と。
落合が下手くそな笑顔でそういった時、既に龍樹は正気ではなかった。
ともだちにシェアしよう!