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第51話

(…綺麗だ、なんて、水無瀬以外の人に感じたことなかったのに) けれど水無瀬に感じたものとは明らかに違う。 こんなほっとするような、温かな気持ちにさせられたのは初めてだ。 ずっと見ていたい、すぐ傍で。 落合は少しの間愛おしそうにうなじを撫でていたが、突如ふっと表情をなくした。 そして悲壮感さえ漂う瞳でじっと龍樹を見つめると、ほんの少し躊躇して口を開いた。 「…龍樹くんの方が、辛そうな顔してるよ」 何が君にそんな顔をさせるの? 誰に謝ってるの? 何に、囚われてるの? (あ、まずい) ヒュッと喉が鳴ったとき、龍樹はいやに冷静だった。 呼吸が乱れる前になんとか自分で整えようとして、吸って、吐いて、吸って、また吸って。 呼吸って、どうするんだっけ。 だんだんと荒くなる呼吸。 過呼吸なのだから、過酸素状態なのだから、とにかくちゃんと息を吐きさえすればどうってことない。 頭ではちゃんとわかっているのに、それが上手くいかなくて、余計に苦しくなって目眩さえしてくる。 「龍樹くん、落ち着いて!」 落合の声がどこか遠い。 かなり近くにいるはずで、結構な大声を出している様子なのに、何故かとても遠く聞こえて。 (ああ、意識が遠いのかも) なんて呑気に思ったりして。 普段温かい手足の先がすーっと冷えてくるのを感じた。次第にそれは痺れとなって襲ってくるのを経験上知っていたが、どうすることもできない。 このまま呼吸が止まるんじゃないか。 そんな恐怖さえ感じられて、あまりの苦しさに喉元に手を置いて。 すると不意に、全身が温かい何かに包まれた。 「龍樹くん、大丈夫、大丈夫だからね、力抜いてゆっくり息しよう?」 背を摩ってくれる掌が心地良くて、ふっと全身の力が抜けていく。 同時に忘れてしまったかのように困難だった呼吸が嘘のように楽になった。 自分を包むのは落合の小さな身体。 ほんのり香るのはフェロモン。 さっきはあんなにも龍樹を狂わせたフェロモンに、ひどく安心して、全てを委ねても良いような気さえして。 (たったこれだけで、こんなに安心するなんて) そっと落合の背に腕を回した。 運命の番。 本能で求め合う魂の番。 龍樹はこの時初めて、運命を認めた。

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