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第52話
落合はあまりの緊張に、季節外れの冷や汗を抑えることができなかった。
(落ち着け、大丈夫、覚悟は出来てる)
びっしょりと濡れた震える手でドアノブを握ると、そっとそれを捻り、更にそおっと中を覗き込む。
まだ電気が付いていないところを見ると、待ち合わせた人物はまだ来ていないようだ。
その事実にホッと息を吐いたのも束の間。
「入らないの?」
真後ろからの声掛けに、文字通り飛び上がった。
あの後。
随分と長いこと抱き合っていたように思えた。
実際にはたいした時間ではなかったのだが、永遠にも感じられるほどの幸福感。
お互いにお情け程度に整えた身なりで、一言の言葉もなく。
最初は落合の方が抱きしめていたはずなのに、いつの間にかその体勢は逆転していた。
αにしては細い方なのだろうが、Ωの自分よりずっとしっかりした身体つきが心地良くて。
(…セックスなんてしなくたって、服を着ていたって、龍樹くんの鼓動がこんなにも馴染む)
このまま溶けて一つになってしまえるのではないかとさえ思えた。
いっそ一つになれたらどんなにいいかと。
そんな2人の間に割って入ったのは、龍樹の携帯の振動だった。
振動は長く続き、通話であることが伺えた。
龍樹は一瞬顔を顰めて携帯をポケットから出すと、そのまま応じることなく携帯をその場に置いた。
その時見えたディスプレイには「水樹」の2文字。
「出なくていいの…?」
「急用ならまたかけてくるなり留守電入れるなりします」
それは、そうだろうけど。
いいのかな、と思いつつ、自分とのこの時間を優先してくれたことがたまらなく嬉しい。
程なくして振動が収まって、続いてロック画面に表示された簡易の履歴に、2人でギョッとした。
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