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第58話
なにか変なことを言っただろうか。
いや、運命云々など信じてない人からすれば変なことなのかもしれないが、それにしてもこんな顔をするだろうか。
「先生、今なんて言った?」
「え、Ωにとって運命の…」
「違うその前」
「αの水樹くんにはわからないかもしれないけど」
「俺αじゃないよ?」
「え?」
俺αじゃないよ?
心の中で水樹の言葉がエコーする。
だって水樹は龍樹の双子の兄で、α家系で、それにこの前会った時は確かにαのフェロモンを感じて。
「なんか、面白い勘違いしてるね?」
ふふ、と笑った顔は、落合がいつも可愛いと思うその顔だ。
水樹はしゅるりとネクタイを緩めてワイシャツのボタンをふたつほど外し…首にかかった髪を払って、首を少し捻って見せた。
高校生とは思えないその妙に婀娜っぽい仕草に魅入られて…そしてしっかりと見えた。
くっきりと、噛み痕がついたうなじが。
「俺、Ωだよ」
うなじに残る噛み跡。
それはこの上ないΩの証。
目の当たりにしてなお、落合にはすぐに納得することができなかった。
「だって、双子なんじゃ…」
「二卵性双生児の性別が違うのがそんなに珍しい?」
「α家系って」
「ひいばーちゃんがΩだったって聞いたよ」
「でも、でもこの前会った時確かにαのフェロモンが!」
少し声を荒げて告げれば、水樹は少しだけ天を仰いで考えて、程なくしてああ、と答えを出した。
「確かあの時発情期明けだったから、水無瀬…番相手のフェロモンが移ってたかも」
自分じゃわかんないや、とあっさり続けると、緩めたネクタイを締め直した。
よく似ているがどう見たって一卵性の双子ではないし、純血のα家系でないならΩが生まれるのも不思議じゃない。
番がいて、発情期の後ならその相手にマーキングされていてもおかしくないし、自分では気付かないだろう。
水樹が言っていることは、何一つおかしくない。
でも、水樹がΩなら。
ましてやその歳で既に番がいるなら。
「Ωなら、運命の番がどんなに大きな存在か…Ωならわかるだろ?その噛み痕だって、その若さで番がいるなら…番になってもいいって、なりたいって思える人がいたんだろ!?それってもしかして運命の…」
ガツン!
「…うるさいな、運命運命って」
思わず耳を塞ぎたくなる大きな音の出所は、水樹が蹴飛ばしたロッカーだった。
あまりに冷たいその視線に、ゴクリと生唾を飲む。
水樹は少し深呼吸して、その場にしゃがみ込んだ。
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