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第59話
「…そうやって運命振りかざして龍樹に迫ったわけ?」
とても静かな声だった。
僅かに震えているようにも感じる。
「水樹くん」
「おかしいと思ったんだよ、龍樹が誰かを番にするなんて…あんな、あんなとこ見てたのに、出来るわけない…」
僅かな震えは徐々に大きくなり、くぐもった声が少し鼻にかかっているようにも思える。
耐え忍ぶような、押し殺すような、悲痛な声だ。
落合はそっと近付くと、水樹と視線を同じくしてその肩に触れた。
ビクリと跳ねた肩は見た目通り細く頼りない。
触れてみると、この子をαと勘違いしたのが不思議なくらいだった。
「世間はきっとあなたを許す」
顔を伏せたまま、くぐもった声で水樹が言った。
「世間は美談が大好きだ…龍樹が卒業さえしてしまえば、立場を乗り越えた運命の番とかなんとか言ってきっとあなたを許すよ」
その声はもう震えてはいない。
「うちだってα家系だけどΩ嫌いなわけじゃない…だって俺がΩなんだから。龍樹が選んだならって、あなたを歓迎するに決まってる」
ゆっくりと顔を上げた水樹は、涙でキラキラ光る瞳と目尻がとても綺麗で。けれど、色も温度もなく落合を睨め付けた。
「先生、答えて」
その噛み痕は、龍樹が自分の意思でつけたの?
「運命振りかざして龍樹に迫ったのなら…理性のない状態に追い込んだのなら」
他の誰が許しても、俺は絶対あなたを許さないから。
落合はすぐに悟った。
この問いに、明確な正解はないと。
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