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第60話

まるで自分が教える現国のよう。 万人が納得する答えなど存在せず、解答は用意するものの、それを全ての生徒が納得するかといえばそうではない。 「…龍樹くんは」 ならば自分のすることは一つ。 自分なりの答を示し、それを解説するだけだ。 「あの時龍樹くんは正気じゃなかったかもしれない…でも、あの時確かに、龍樹くんは自分の意思で抱き返してくれた…」 鮮明に覚えている。 過呼吸に喘ぎ強張った身体を抱き締めて、すとんとその力が抜けたのを感じた後。 ゆっくりと、まるで大切な何かに触れるかのように優しく背を抱いてくれた。 「番として認めてくれたんだって、俺はそう思ってるよ」 肌も呼吸も鼓動も全てが一つに溶け合ってしまいそうなほどの一体感と、それがもたらす幸福感を、きっと一生忘れないだろう。 落合の答に水樹が何を思ったのかはわからない。ただじっと、赤くなった目でこちらを見上げてくる。 落合は、意を決して声をかけた。 「…水樹くん、どうしてあんな嘘吐いたの?」 龍樹はΩが嫌いだから。 そう確かに言っていた。 それがとても気になって、実際に本人に聞いてみればあっさり否定された。それこそ拍子抜けするくらいに。 「水樹くんがΩなら、龍樹くんがΩ嫌いなんてあり得ない…龍樹くんに本当は嫌われてるなんて、そんな風に思ってる訳ないよね?どうして…」 「龍樹は」 水樹は落合の言葉を遮り、少しあぐねた。 けれど落合が視線をそらさなかったからか、観念したように声を落として話し始めた。 「龍樹は、Ωが嫌いなんじゃない…恐いんです」 「恐い?」 「むしろ嫌いなのは、αだと思う」 言っている意味が理解できなかった。 自分自身がαなのにαが嫌い。 エリート階級であるαが、差別階級のΩが怖いなんて。 「Ωの発情期に当てられて我を失ったαがどうなるか見ちゃったから…」 再び、水樹は顔を伏せった。 この先を聞き出していいのかわからない。 誰かに聞いてもらうことで楽になるケースもあれば、記憶の片隅にしまいこんで鍵をかけておく方がいいケースもある。 その境界を見極めるのはあまりに難しい。 水樹の肩が震える。 伏せっているから顔は見えないが、泣いているのがすぐにわかった。

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