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第61話

落合が躊躇していると、水樹の方から口を開いた。 「あんな風にはならないって、約束して、でも、でも俺発情期んとき、わけわかんなくなって、あいつヒート抑制剤、ダメでっ…」 「…え、」 「水無瀬が、きて、っ、も、あいつ、見てらんなかっ…」 錯乱しているらしく、言葉に順序はない。 ひっく、と大きくしゃくりあげた水樹の背を優しく摩ってやると、今度はその肩が跳ねることはなかった。 かける言葉は見つからない。 αとΩが兄弟であるということは、当然そういう危険性もある。仲が良いだけ、辛いことになる。 「やくそく、したのに、て、ごめ、てぇっ…」 「約束…」 龍樹も、落合と番になったあのセックスの直後に零していた。 ーーーあんな獣みたいには絶対ならないって、約束したのに 表情もなく涙とともに零したあの呟きは、水樹との約束だったのだ。 「おじさ、だって、俺がΩじゃ、なかったら、っ…」 その先を聞かずに、落合はギュッと水樹を抱き締めた。 Ωじゃなかったら。 落合も、何度同じことを思ったかしれない。きっと多くのΩがぶち当たる壁だ。 高く分厚い、決して超えることの出来ない壁だ。 薄暗くて埃っぽい部屋に、暫く水樹の泣き声が響いた。 水樹は泣きながら時折言った。 Ωじゃなかったら。 双子なのに、家族みんなαなのに。 なんで俺だけ。 幼い頃から蓄積されたどうしようもないことへの、ぶつける場所もない怒りの叫びだった。 一頻り泣いて、水樹が落ち着いた頃。 マナーモードにしたままの落合の携帯が、メッセージを受信して震えた。 水樹を抱き締めたままだったので水樹もそれに気付いたのか、じっと落合のポケットを見ている。 その視線がなんとなく催促しているようで、落合はそっと携帯を開いた。 単に気付かなかっただけで今までにもいくつか受信している。メッセージは、龍樹からだった。 『水樹見かけたら教えてください』 『もしかして水樹と一緒ですか?』 『連絡待ってます』 「龍樹くんだよ。水樹くんにも連絡行ってるんじゃない?」 絵文字も顔文字もない用件だけのメッセージが彼らしい。 水樹は漸く顔を上げると、ポケットからスマホを取り出した。 そのスマホケースが龍樹と色違いなのに気が付いた落合は、過去に痛ましい事件があっても仲が良いんだなと単純に微笑ましくて。 同時にこの二人は何があっても亀裂が入ることはないんだろうと、少し羨ましくなった。

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