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第62話

少しの間スマホを確認していた水樹から、ふっと小さい笑い声が聞こえた。 どうしたのと首を傾げて仕草だけで伺うと、その画面を見せてくれた。 それはどこからどうみてもイライラしている龍樹の写真。 『あいつ自分も既読つけねぇじゃねーかって言ってるよ』 それに、賑やかな顔文字付きのメッセージがついていた。 「俺も後で蹴られるかなー」 「ふふ、昨日痛そうだったね」 「そりゃね、高校上がる時に辞めたけど、俺空手二段だったし」 「ひえ…」 「少年部だから大したことじゃないよ」 道理で見事な回し蹴り。 謙遜しているがあの時の「本気なら背骨が無事じゃない」という言葉も本当なんだろう。 先ほど水樹が逆上したときに蹴り飛ばした無残なロッカーが何よりの証拠だ。 怒らせちゃいけないタイプだ、と落合は堅く心に誓った。 不意に、水樹が表情を緩めた。 「…先生、これから話すこと全部俺の寝言だから。信じなくて良いから。龍樹に、俺から聞いたって言わないでね」 そう宣言して、水樹は長椅子を跨ぐようにして座り、落合に背を向けた。 表情を隠した水樹がゆっくりと語り始めたのは、昔話だった。 龍樹ねぇ、すっごい人見知りで臆病で、いーっつも俺の後ろに引っ付いてて…友達なんて全然作れなくて、本ばっかり読んでたんだよね。 でかい声出したりしてんの、ほとんど見たことない。走り回ったりしないし本当に大人しかった。 水樹の声は静かで、抑揚のない言葉は本当に寝言か何かのようだった。 龍樹本人も自分は本ばかり読んで育ったと言っていたのを思い出して、なんとなく想像してみる。 それは思いの外容易で、そして幼い双子の兄弟が仲良く遊んでいるのは微笑ましかった。

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