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第63話
そして水樹が続けた言葉は、こうだった。
「9歳の時に、俺叔父にレイプされたんだけど」
あっさりと出てきた言葉は、口調に似合わず重い。相変わらず背を向けている水樹から表情は伺えなかった。
「その時、龍樹それ見ちゃってさ。あんな大声出してる龍樹なんて、後にも先にも覚えないかも」
水樹になにしてんだよ、て。
「したら、叔父さん…邪魔すんなクソガキ、お前に用はないって…すごい勢いで龍樹のこと殴る蹴るしてね。大怪我したんだよ龍樹」
肋骨2本と左腕骨折して、肩も脱臼してたんだっけな。で、こめかみ5針とか縫った。
そこまで言って、水樹は少し黙った。
現実味を感じられない程の大怪我だ。まるで交通事故にでも遭って、運良く生き延びたかのような。
「優しかったんだよ叔父さん…叔父さんっていうか、年齢的にはちょっと年の離れた兄ちゃんみたいで、いつも遊んでくれて。大人に内緒でお菓子買ってくれたりしてさ、大好きだった」
大好きな優しい叔父が、突然豹変した理由。それは、若干9歳の水樹の発情期だった。
「詳しい原因はわかってないんだけど、αの中で育ったΩの発情期が早い傾向にあるのは本当らしい。あの日叔父さんが『お前なんかいい匂いするよなー隠れて何か食った?』ってやたらベタベタしてきたせいかもしれない」
きっと、その叔父も思いもしなかっただろう。
いつも遊んでやっていた甥っ子がΩで、ましてやそんな子どもが発情期を迎えるなんて。未成熟な子どもの発情期に当てられて、我を失うなんて。
「人見知りで臆病だった龍樹が、大人のαに歯向かうのにどんなに勇気が必要だったか…大人の男に殴りかかられてどんなに怖かったか…」
初めてで訳のわからない発情期の症状より、自分がレイプされてることより、龍樹が死ぬんじゃないかって怖かった。
黙り込んだ水樹に、落合はどうしてやればいいのかわからなかった。
寝言だから、と宣言したからには、口を挟んで欲しくないのはわかる。
けれど、酷な過去をあまりに淡々と語るものだから、その背を、頭を撫でてやりたい。抱きしめてやりたい。辛かったねと声をかけてやりたい。
けれどそんなものはただの自己満足。
そんな薄っぺらい慰めなど、必要としてはいないだろう。
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