64 / 131

第64話

「…それからすぐ、龍樹が入院してた病院で、俺がΩで龍樹がαで、発情期とかヒートとかを知って…もう龍樹とは一緒に居られないのかなって。そしたら龍樹、言ったんだよ」 おれは、ぜったい、あんなけだものみたいにはならないから こんどは、ぜったいたすけるから だからおれがαでもきらいにならないで 「嫌いになるわけ、…ないのにね」 ぐず、と鼻をすする音が聞こえた。 目の前で大切な兄が犯されているのを助けられなかった龍樹。 目の前で大切な弟が傷付けられるのを助けられなかった水樹。 どちらも自分より相手が心配で、自分もボロボロなのに相手のケアをしようとして。 龍樹は文字通り水樹の身を守ろうとし。 水樹は龍樹に守られることで龍樹の心を守った。 水樹は己の腕を強く掴んで、指先が白くなっていた。 きっと水樹はわかっている。 龍樹との関係が、決していいものではないということが。わかっていても、もうどうにもできないのだろう。 「その後から龍樹、俺からαを遠ざけようとして、αに…家族にも寄り付かなくなっちゃってね。ここの中学受験したのもそのせい。俺と一緒に通えて、寮があって、進路実績も良くて」 元々勉強が好きじゃなかったという水樹は、死にものぐるいで勉強したそうだ。 そしてαの龍樹は特進科へ、水樹は普通科へと進学した。 「それで、水無瀬に出会って…龍樹あんなにαを毛嫌いしてたのに、付き合い始めたんだよね。龍樹と水無瀬」 水無瀬って、確か。 あの嘘のように美しい青年のことだ。 けれど彼は、確か。 「水無瀬くんは、水樹くんの…」 「でも俺二人の前で発情期になっちゃってさ、…ふふ、事故だよねほんと」 自嘲気味に笑みをこぼした水樹は、肩を震わせて泣いている。 いや実際には笑っているのだろうが、それはどう見ても泣いていた。 その背中はこんなにも苦しそうに咽び泣いているというのに、涙を見せようとすらしない。 見せてはいけないとさえ、思っているかもしれない。 泣いてはいけないなんて、そんなことは何があってもあり得ないのに。

ともだちにシェアしよう!