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第64話
「…それからすぐ、龍樹が入院してた病院で、俺がΩで龍樹がαで、発情期とかヒートとかを知って…もう龍樹とは一緒に居られないのかなって。そしたら龍樹、言ったんだよ」
おれは、ぜったい、あんなけだものみたいにはならないから
こんどは、ぜったいたすけるから
だからおれがαでもきらいにならないで
「嫌いになるわけ、…ないのにね」
ぐず、と鼻をすする音が聞こえた。
目の前で大切な兄が犯されているのを助けられなかった龍樹。
目の前で大切な弟が傷付けられるのを助けられなかった水樹。
どちらも自分より相手が心配で、自分もボロボロなのに相手のケアをしようとして。
龍樹は文字通り水樹の身を守ろうとし。
水樹は龍樹に守られることで龍樹の心を守った。
水樹は己の腕を強く掴んで、指先が白くなっていた。
きっと水樹はわかっている。
龍樹との関係が、決していいものではないということが。わかっていても、もうどうにもできないのだろう。
「その後から龍樹、俺からαを遠ざけようとして、αに…家族にも寄り付かなくなっちゃってね。ここの中学受験したのもそのせい。俺と一緒に通えて、寮があって、進路実績も良くて」
元々勉強が好きじゃなかったという水樹は、死にものぐるいで勉強したそうだ。
そしてαの龍樹は特進科へ、水樹は普通科へと進学した。
「それで、水無瀬に出会って…龍樹あんなにαを毛嫌いしてたのに、付き合い始めたんだよね。龍樹と水無瀬」
水無瀬って、確か。
あの嘘のように美しい青年のことだ。
けれど彼は、確か。
「水無瀬くんは、水樹くんの…」
「でも俺二人の前で発情期になっちゃってさ、…ふふ、事故だよねほんと」
自嘲気味に笑みをこぼした水樹は、肩を震わせて泣いている。
いや実際には笑っているのだろうが、それはどう見ても泣いていた。
その背中はこんなにも苦しそうに咽び泣いているというのに、涙を見せようとすらしない。
見せてはいけないとさえ、思っているかもしれない。
泣いてはいけないなんて、そんなことは何があってもあり得ないのに。
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