65 / 131
第65話
水無瀬と番になったその時のことを、水樹は詳しく語らなかった。
けれど。
「俺ね、ずっと水無瀬のこと好きだった」
でも龍樹から奪おうなんて思ったこと、なかったんだよ。本当に。
水樹はそれきり、何も言わなかった。
長い時間が過ぎたように感じたが、実際には日も落ちていないから、きっと大した時間ではなかったのだろう。
水樹は涙の影を消し去って、パッと顔を上げた。その笑顔は明るい。
明るいが、赤くなった目元だけはどうしようもなかった。
「…おはよ、先生!」
寝言と称した告白、いや懺悔は終わりだと言いたいのだろう。
水樹はスマホを再び手にとって、少しの間画面に向かう。恐らく龍樹か、番だという水無瀬という人に返信しているのだろうと予測して、落合も龍樹へメッセージを返した。
『返信遅れてごめんね。水樹くんとずっと一緒にいたよ。心配しなくて大丈夫です。』
心配していたのは、落合のことか、それとも水樹のことか。自分のことだといいなと思いつつ、きっと龍樹が心配したのは水樹の身。
水樹の話を聞いていて、そう確信してしまった。
パンパンと制服のスラックスを叩いて埃を落としている水樹をチラリと見やる。
(勝てる気がしないライバルがここに…)
生まれた時から、いや生まれる前から一緒にいて守り続けてきたんだろう。龍樹にとっては何より大切に違いない。
この子を押し退けて龍樹の一番になりたいなんて、無謀にも程がある気がした。
水樹は単純に可愛いし、決して背は高くないのにスラリと細くバランスのいい体躯は見事なもので。
シャンと伸びた背筋が余計にそう見せてくれるし、歩き方一つとっても綺麗だ。育ちの良さが一目でわかる。
(それにひきかえ)
小動物みたいとよく言われる顔。背なんて女の子より低いことも度々ある。
自覚があるくらい姿勢は悪いし、歩き方なんて気にしたこともない。
見ないようにしていたが、成人してから酒を覚えて3〜4kg太った。
せめて痩せよう、とひっそり落ち込むのだった。
ともだちにシェアしよう!