71 / 131

第71話

全然遠くなかった。 当然あっという間に4日間なんて過ぎてしまって、落合は心の準備も漫ろに鎌倉の地に降り立った。 夏休み最初の土日ということもあり、駅前は若い世代で賑わっている。 右を見ればお土産屋さん。 左を見てもお土産屋さん。 前を見ると観光案内のバスガイドさん。 (…ひえぇ…) 結局新しいスーツなんて用意できるはずもなく、一番綺麗なスーツとネクタイを着てきた。 実家に頼み込んで用意した手土産をしっかり握りしめた手は手汗でびっしょりだ。 カンカン照りの快晴で気温は30度を超えている。緊張と暑さでもうフラフラしていた。 『駅まで水樹が迎えに行きます』 朝から龍樹からの連絡はこれだけ。 なんて簡単。句読点すらない。 はあ。 大きくため息をつくと日陰に入ってぐるっと回りを見渡した。みんな楽しそうで羨ましい。もう色々いっぱいいっぱいで吐きそうだ。 「あ、せんせー!」 反射的にパッと顔を上げて、驚愕した。 「ちょ、なにその高そうなバイク…」 「ああこれ?じーちゃんが中学3年間赤点取らなかったら好きなの買ってやるって言うから俺頑張っちゃったよね」 「しかも自分の!?」 「そうだよー」 「なん、ちょ、なん、」 「あっははせんせー鯉みたい!」 はいこれ被って、と軽い調子で促されて、落合は生まれて初めてバイクの後部座席に乗った。 シートがふかふかだ。 バイクに跨りながら、ふと思う。 こんな高級車をポンとプレゼント出来るような富裕層の御子息なのだ、彼は。 「ちゃんと捕まってほら」 「あ、う、失礼します…」 「それ落ちると思う」 「ひい…」 細い。 水樹くん細い。 バイクの二人乗りなんて初めてで、水樹に手を引かれるままグッとその腰に腕を回すと、無駄な肉が一切ない細腰に目眩がした。 「じゃ、無心になっててね」

ともだちにシェアしよう!