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第72話
怖い。
ただただ怖い。
バイクの安直なイメージ、風を感じながら景色を楽しむなんて余裕は微塵もなく、落合は必死に水樹にしがみつくしかなかった。
そんな恐怖の15分。
バイクを走らせて、駅前の賑わいが嘘のように静かになった。あたりは古い大きな日本家屋が建ち並んでいる。
確か鎌倉って街の景観を守るために建物に高さの制限があるんだっけ、と朧げな記憶を手繰り寄せていると、古いが一際立派な家屋が見えてきて、その門の前に落合は愛しい人影を見た。
「さ、着いたよ。お疲れ様」
言いながらバイクを降りた水樹に手伝ってもらい、慌てて降りる。独特の浮遊感にフラフラしながら荷物を下ろそうとしたら、既に水樹が運んでくれていて、それを龍樹が受け取っているところだった。
「なに着替えたの?俺が出るときは暑い暑いってうだってたくせにー」
「来客があるんだから着替えるだろ」
「先生だからでしょ、ねぇ」
「うるさい」
「だって昨日しおりんが来た時は部屋着のままだったもんね?」
「ほんと余計なことしか言わないなお前は!」
怒られたー!と楽しげに笑う水樹は再びバイクに跨った。この暑い中軽快な動きだ。
「俺、車庫入れしてくるから先行ってて!」
それだけ言い残して、一体車庫は何処にあるのか、そのまま走り出してしまった。
取り残された2人はその場に立ち尽くすしかなく。気まずい沈黙の中龍樹を見遣ると、僅かに頬を赤らめて口元を手で覆っていた。
「…とりあえず、どうぞ。暑かったでしょう」
「あ、うん…ありがとう」
龍樹は自然な動きで落合の荷物を持つと、ガラガラと重そうな音を立てて門を開けた。
門の中は、美しい日本庭園だった。
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