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第74話
龍樹は一歩室内に入り、二人に中に入るように仕草だけで促した。
落合の正面に座ったのは、龍樹の父親であろう男性。
身に纏った着流しは深く渋い緑色、確かこういう色を老緑というんだったか、ど素人の落合でも一目で上質なものとわかるそれを、さらりと着こなしている。
柔和な微笑みをたたえたその貌は、想像よりもずっと優しそうだった。
男性はしっかり腰を据えると、妻に手を差し伸べた。
(お母さん…だよね、そっくり…)
差し出された手を取ってその隣に腰を下ろした女性は、龍樹にも水樹にもよく似ている。
歳を重ねた女性ならではの美しさを持った、上品な人だ。
二人が着席して、続いて落合の隣に龍樹が着席した。場が落ち着いたのを確認した龍樹の父親はそっと落合に目を向けて。
ぱち、と視線があったその刹那。
「はじ、はじめっ!〜〜〜〜っ」
ごんっ!
と鈍い音を立てて、下げた頭が勢い余って卓に激突した。
かなり、痛い。
が、それ以上に恥ずかしい。
どうしようこの空気、俺のバカ、なんで俺っていつも大事なとこでこう、とひたすら心の内で自分を責め立てていると。
「…ぶふっ」
隣から笑いを堪えきれなかった龍樹が他所を向いて吹き出していた。
「ちょっ!ひどい龍樹くん!笑うなんて!」
「いや笑うしかない、っ、ふはっ」
「しかも爆笑!」
「…、ごめ、無理っ」
こんなに大笑いしている龍樹なんて初めて見たかもしれない。全く嬉しくない。
折角の緊張感を全部台無しにしてしまったこの場を一体どうやって仕切り直せばいいのかさっぱりわからないし、ご両親だってどうしていいかわからないに違いない。
助けてくれたっていいのに。
ぶつけた額をさすりながら、恨みがましく睨みつけていると、笑いが治まってきたらしい龍樹が目尻に浮かんだ涙を拭いながら、その部分を撫でてきた。
「デコ赤くなってるし」
もう痛くない。
代わりに顔が熱い。
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