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第75話

「あらあら本当に赤くなっちゃって、大丈夫?何か冷やすものお持ちしましょうか」 「いえっあのっお構いなく!」 お構いなくの使い方が違う気がする。 現国教師なのに。ここは普通に大丈夫です、で良かったはず。現国教師なのに。ああもう。 もうどうにもならなくて、痛みではなくただ情けなくて涙が出てきそうだった。 と、そこへ失礼しまーすと軽い調子の声がかかって、落合にはそれが天の助けにも感じた。 「お茶お持ちしましたよー」 「ああ、ありがとう水樹」 「お父さんにはちゃんと玄米茶お淹れしましたよー」 「お、嬉しいな、ありがとう」 「いーえ…て、先生デコ赤くない?どしたの?」 「…聞かないで…」 氷と陶器が涼しげな音を奏でている。 菓子楊枝を添えて綺麗に盛り付けられたわらび餅も一緒に全員の目の前にお茶が並ぶと、再び気が引き締まった気がした。 じゃあごゆっくり、と水樹が部屋を後にしたのを合図に、落合は今度こそ丁寧にゆっくりと礼をした。 「初めまして、落合 優弥と申します」 龍樹さんと、番関係にあります。 それを告げた時、すっと室温が下がった気がした。 チクタクチクタク。 かこーん。 あまりの静けさに、この部屋に時計があったことに初めて気がついた。秒針の音が心の奥に響いてくる気がする。 庭園から聞こえる鹿威しの音が何度目かになった時、優弥さん、と温かく声をかけてくれて、漸く頭を上げた。 「申し遅れましたが、私が龍樹の父親です。橘 庸と申します。こちらは妻の沙耶香です」 ゆったりとした低い声はとても心が安らいで、落合はいくらか緊張が解けた。 ふっと肩の力が抜けたのを見た2人が微笑みかけてくれて、そして庸は腕を組んで瞳を閉じた。 「優弥さんは、おいくつで?」 「あ…今年で23になります」 「龍樹、日本人男性の平均寿命を知っているかい?」 「約81」 「そう、約81歳。仮に2人がこの年齢まで生きるとして龍樹はあと63年、優弥さんはあと58年ある」 ここで一呼吸。 すっと開かれた瞳は、打って変わって冷たいものだった。 「…単刀直入に申しまして」 ごくりと、喉が異物を飲み込んだ気がした。

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