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第76話
「私は運命の番が幸せなものとは思っておりません」
その言葉に、落合はぎゅっと拳を握った。龍樹からも緊張が伝わってくる。
ずっと家族と距離を置いていたと聞いた。再び寄り添うだけでも多少の緊張があるだろうに。
「龍樹はまだ18です。これから社会に出て多くの人に出会う。たった一瞬の衝動で作った番の存在が枷になるとも限らない」
枷。
その言葉が落合の心に重くのしかかった。
落合とてもちろん考えた。
龍樹がまだ高校生であること。これから多くの人に出会い、もしかしたら好きな人が出来るかもしれない。
その時、番の存在は邪魔になる。
落合は震える息をゆっくり吐いて、心を落ち着かせた。
大丈夫。
水樹に詰め寄られた時と同じことを言えばいい。あれが本音だから。
「龍樹」
しかしその決意は空回った。
庸がその厳しい視線を、落合から龍樹に移したから。
「これから先死ぬまで、何があっても優弥さんに心身ともに捧げることを誓いなさい」
続いて出た言葉はあまりに意外で。
落合は大きな瞳を瞬かせて、龍樹と庸を交互に見る。途中で沙耶香と目があって、にっこりと微笑まれた。
「それが出来ないなら今すぐ出て行きなさい。生活の援助はしないし大学の資金も出さない。今後一切私たちに関わることを禁ずる。もちろん水樹にも」
かこん。
この時が一番、鋭く響いた気がした。
「…誓うよ」
静かだが、よく響く声。
落合の大好きな声だ。
龍樹はそれ以上に語らなかった。けれど真っ直ぐに父親を見据える視線は強く確かなものだ。
その視線を受けて、ふっと微笑んだ庸は綺麗な動作で落合に向かって頭を下げた。
柔和な風貌とはいえしっかりとαの気高さを備えた庸がそうしたのがあまりに衝撃で。隣の龍樹もギョッとしたのを感じた。
「…龍樹をよろしくお願いします」
顔を上げた庸は、しっかりと落合を見て、こう続けた。
「今度は幸せな運命をこの目で見れることを楽しみにしています」
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