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第77話
2人が部屋を去った後も、落合と龍樹は応接室に残ったままだった。
お互い言葉はない。もはや会話のきっかけさえ失ってしまった。
ちらりと龍樹を見遣ると、ぼうっと中庭を眺めている。その表情から何かを察することはできなかった。
(…幸せな運命、か)
龍樹は知っているのだろうか。
あの言葉の背景を。
(聞けないよなー…)
落合が龍樹の過去を知っていることさえ、知らないのだ。
お互い知らないことが多すぎる。
こういうとき、龍樹へどう接するのが正解なのか全くわからない。嫌われたくないから、面倒に思われたくないからぐるぐる悩んで拗れてしまうのに。
すると、突然。
ぎゅるる。
腹の虫が主張した。
特別大きな音ではなかったのに、周囲が静かなせいで余計に響いてしまって。
「…ふは、」
「ま、また笑うし…!」
「腹減ったんですか?わらび餅好きじゃない?」
「いやあの、いただきます…」
そういえば折角出していただいたのに、全く手をつけていなかった。
見れば残っているのは落合だけ。
みんないつの間に食べたのか。
一つ口に放り込むと、きな粉と黒蜜の優しい甘みがじんわり広がった。
「おいしい…」
「有名な和菓子屋らしいんですけど、近所なんですよ」
歩いて数分のところにあるらしい。あまりに近所で、幼い頃から当たり前に食べすぎて有名店だという自覚がないのだとか。
「よく水樹と買いに行って、おまけもらったりしてましたね」
懐かしい、と小さな声で呟いた龍樹の顔が穏やかで、落合はそれだけで心にほわんと暖かい光が灯った。
家族と距離を置いていたというから、思い出も多くはないのだろう。けれどその思い出が龍樹にとって優しいものであることが嬉しかった。
願わくばこれから先、龍樹にとって家族というものが優しく温かな存在でありますように。
そしてそこに自分が入れたら、どんなに幸せだろうか。
落合は気付かれないようにそっと微笑んだ。
少しの心地よい沈黙を破ったのは、柔らかな女性の声。それに気付いた龍樹が襖を開けると、龍樹の母、沙耶香だった。
「優弥さん、少しいいかしら」
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