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第87話
『龍樹が先生と結ばれたら、水樹はいよいよ独りですね、可哀想に』
色白とは違う白い肌。
薄い色の髪に瞳に、形のいい唇。
人間の顔が完全な左右対称を描くことはほぼないらしいが、水無瀬においてはそれを持っているように思う。
その作り物めいた美しい顔は、人間らしさのかけらも感じられなかった。
「…水樹くんには、水無瀬くんがいるんじゃないのかな」
独り言ちた落合の呟きを拾ったものはいない。祭りの雑踏に霞んで消えてしまった。
水無瀬と話したのは、今回が初めてだ。
彼が何を考えているのか、彼がどういうつもりで落合にその言葉を伝えたのか、そもそも彼がどんな人なのかすら落合は知らない。
ただ龍樹が付き合っていた、水樹がずっと好きだった人だというから、見た目だけではないさぞ素晴らしい人格者なのだろうと思っていたのだけど。
あの言い方ではまるで、将来水樹と添い遂げるつもりはないように思える。
水無瀬はαだから、水樹を捨てて新しい恋をすることも番を作ることも可能だ。けれど、そうしたら水樹は。それに、龍樹だって。
考えてもわかるはずがない。
水無瀬に関しては知らないことしかないのだから。
落合はがっくりして、目の前の通りをぼんやり眺めた。
綺麗な浴衣に髪を結った可愛い女の子。TシャツにGパンのラフな出で立ちの男性。元気に走り回る子どもに、ビール片手に千鳥足のおじさん。
時々あの人はαかなという人も見かけるが、その多くがβだ。Ωとわかる人は、この人混みをもってしても見つからなかった。
こんな希少種に、何故自分が生まれついたのかはわからない。
能天気で楽観的な生来の性格が幸いして、殆ど捻くれずにここまできたが、落合だって相応に苦労はしてきた。
雑踏に消えた背中を思い出す。
けれどここにきてやっと、Ωに生まれた意味を知った気がするのだ。
愛の言葉も確かな約束もいらない。もちろんあったら嬉しいけれど。
けれどあの人に出会って、この噛み跡をくれたことが、間違いなく人生最大の幸福だと思う。
にやにや。
にやにや。
「先生!落合先生!」
真面目に考え事をしていたはずなのにいつの間にか楽しい考え事に耽っていた落合を現実に引き戻したのは、息を乱してこちらに駆け寄る水樹だった。
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