88 / 131
第88話
白地の浴衣を僅かに乱した水樹は、柔らかそうな髪を揺らしてこちらにきた。
こういうお祭りの場を誰より楽しみそうなのに、その表情は険しい。落合は思わず立ち上がろうとして、そして捻った足首の痛みに邪魔されて再びその場に座り込んだ。
「先生、足痛いの?大丈夫?」
そんな表情をしながらでも水樹はしっかり心配してくれるが、落合は自分よりも切羽詰まった顔をした水樹の方が心配だった。
「うん、転んじゃって…それより、どうかしたの?」
「あ、えっと…水無瀬、水無瀬見なかった?逸れちゃって…」
言いながら不安そうな顔をして、キョロキョロと周りを見渡している。
その姿はまるで、迷子のようで。
そんな姿を見てしまうと、余計に水無瀬の言葉が引っかかった。
こんなに全身で求めてくる番を、なぜ突き放すような素振りをするのだろう。
と、そこに、水樹と同じ質の髪を揺らして龍樹が戻ってきた。その手には、ラムネが2本。
「水樹?どうした、水無瀬は?」
「龍樹!水無瀬から何か連絡来てない?あいつ携帯出なくて…」
「いや、来てないけど…逸れたのか?あいつならそこらへんで聞き込みしたらすぐ捕まるだろ」
「捕まんないから焦ってんだよこのバカ!」
「ばっ…み、水樹くん強いね…」
「いつもですよ」
可愛い可愛い水樹の口からバカなんて言葉が出るとは思わなかった落合は少しショックを受けたのだった。対して龍樹は少しもダメージを受けていないし、本当にいつもこんな感じなのだろう。
まぁ、普通に兄弟なんてこんなもんだよな、と無理やり納得させるしかない。
その時だった。
「ねー今の人ヤバくなかった?すっごい綺麗だった…なんだろ、白馬の王子様?いや寧ろ天使?みたいな」
「うん、αかなぁ?αっぽかったよね…!」
「でもさー、一人だけ浴衣って変じゃない?絶対連れじゃないよねー」
女子大生くらいだろうか。
リップの輝く唇が交わすその会話を聞くや否や駆け出したのは、水樹だった。
「お姉さん、そのαっぽい天使みたいな人、いつどこで見た!?」
ともだちにシェアしよう!