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第91話

ずっと好きだった人が弟と付き合っていて、それを押し殺してまで見守って来たのに、己のΩの性が台無しにしてしまった。 大好きな人と結ばれたのに、微塵も喜べなかっただろう。 そんな悲しいことってない。 嘘にしたって、龍樹を守るために違いない。水樹が水無瀬に片想いしていたことを知ったら、きっと龍樹は傷付いた。水樹に水無瀬との睦まじい姿を見せつけた自分を責めただろうから。 だから事故で番になったことにするしかなかったのだ。 かといって、信頼していた兄と、元とはいえ恋人にずっと嘘を吐かれていた事実は変わらない。 今龍樹は、こんな大切なことを1人だけ何も知らされなかった疎外感に苛まれているのだろう。 裏切られた、とさえ思っているかもしれない。 ぐじ、と鼻をすする。 なんで俺が泣くんだよ、と情けなくなった。 いつの間にかあんなに賑やかだった目の前の通りが静かになっている。ああ、花火があるんだっけとぼんやり思った。 「…今となっては、水無瀬のことを本当に恋愛感情で好きだったのかわからないんです」 龍樹は遠い目をして言った。 その視線の先で、とても綺麗な大輪の花が夜空に咲いた。 「ただの憧れだったのかもしれない。居心地が良かっただけかもしれない。水無瀬はとても優しくて綺麗だから」 恋。憧憬。安心感。 それは同一なようで、全くの別物。 境界線はひどく曖昧だ。 「でも、今先生に向ける感情とは違うから、やっぱり恋愛感情ではなかったのかもしれないですね」 龍樹が残っていたラムネを一気に煽ると、カランとまた一つ、ビー玉が音を立てた。夜空に咲いた華を背景にした龍樹は、ちょっと不器用に微笑んだ。 どちらからともなく重なった唇がピリッとしたのは、運命が施した悪戯か、それともただのラムネの名残か。

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