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第93話
夏祭りの翌日、予定より長居してしまった落合は鎌倉の地を発ち、実家へと帰ってきていた。
『じゃあ、お盆に』
今度は龍樹が、落合の両親に会うためにこの地に来てくれる。
けれど落合にとって、地元というのは寄り付きたい場所ではなかった。
そっとうなじに触れる。
そこにある愛しい噛み跡と、忌々しい火傷の跡。落合は知らず肩を落とした。
会わずに済むといいな。
切にそう願いながら。
「おかえり優弥、久しぶりねぇ」
「お兄ちゃーん!おかえりー!」
実家の懐かしい匂いに安心感を覚えつつ、出迎えてくれた母と妹に笑顔を返す。後ろから父も顔を出していた。
ああこれだよこれ、実家ってこういう感じ。
午前中までいた立派な日本家屋に想いを馳せながら、早くも寛ぎモードに入る落合だった。
「ただいまお母さん。あれ、愛弓背伸びた?え、俺と変わんなくない?」
「だってお兄ちゃんチビじゃん」
「チビ!?」
「あゆ春の健康診断161cmだったけどお兄ちゃんは?」
「ひゃっ…165!」
嘘だ。
本当は160cmジャストだ。
高校2年生の妹に越されたショックはなかなかのものだった。
ニヤニヤ笑いながらこっちを見てくる妹に嘘が見抜かれないようにそそくさと家の中に入ると、顔を出していたはずの父が新聞に隠れてしまった。
「お父さん、ただいま。久しぶり」
「…おう」
堅物で口下手で頑固者。
髪の毛は寂しくなってきたし白くなってるし、ビール腹だし。龍樹の父、庸とは天地ほど差がありそうだ。
けれど、不器用な父なりに精一杯自分の心配をしてくれたのを知っている。
「…あのねお父さん。電話でも言ったけど…番の人に、会って欲しいんだ」
βの両親に、βの妹。
番なんて、Ωの息子がいなかったら映画やドラマの中の話だったに違いない。
頭の固い人だし、きっと番と言ってもピンときていないだろう。
ましてや相手は生徒だ。
「…お父さ、」
「いいから早く片付けて来い。母さん張り切って唐揚げ作ってたぞ」
ぴしゃりと言いつけて、父はテレビを見始めてしまった。
予想通りというかなんというか。
ちょっとがっかりしながら言われた通り荷物を部屋に運び入れた。
都内の大学に通うために上京した時から少しも変わっていない部屋は、懐かしいけれどどこか落ち着かなかった。
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