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第95話
田舎の小さな診療所は、おじいさんおばあさんの憩いの場だ。
ただの捻挫だというのにゆっくりと診察して、ただ湿布をもらうためにゆっくりとおしゃべりして。
待っている間煙草を買いに行った父はどこへ行ったのか、診察を終えて湿布ももらって、診療所の前で立ち尽くしていても一向に戻ってこない。
どうせ近くの酒屋のおっちゃんと長話してるんだろう。
できればこの辺りには長居したくない。けれどそんなこと、父の知るところではないから、仕方ない。
この足では歩いて帰るわけにも行かないし。優弥はため息を吐いて、日陰のベンチに腰掛けた。
スマホを取り出して、メッセージ画面を開く。もちろん相手は龍樹だ。
『ただの捻挫だったよ。心配かけてごめんね』
簡単にメッセージを作成して、送信。既読はすぐには付かないだろう。
「会いたいなぁ…」
昨日まで一緒だったけど。
ずっと一緒にいたいのだから仕方ない。
水樹の怪我は大丈夫だっただろうか。
実は橘家に戻ってから、足の捻挫もあって客間にこもりきりだったので、祭りの後からほとんど会っていない。水無瀬も同様だ。
水樹くんの連絡先、聞いておけばよかった。
同じΩだし、龍樹くんのお兄ちゃんだし、聞きたいことがたくさんある。
例えば誕生日、身長に血液型。好きな食べ物、嫌いな食べ物。
小さい時のこととか。
そんなの本人に聞けばいいのに、とも思うけど、それはそれで気恥ずかしいのだ。
むふふと緩む頬を隠すことが難しくて、慌てて俯くと。
ざり、という砂利の音と共に、男の足が目に入った。
お父さんかな、と見上げると。
「…翔太郎」
かつて親友だと思っていたその人が、昔の面影を色濃く残して成長した姿で目の前にいた。
「…母さんがここに入るの見かけたって言ってたから」
「そうだったんだ。おばさん元気?」
「元気だよ。そっちは?愛弓いくつになった?」
「高2だよ。俺よりでかくなった」
「お前チビだもんな」
「チビじゃない」
ポツリポツリ、他愛のない会話。
酷い別れ方をしたのに、不思議だ。
蝉の声がうるさい。
あの日も確か、日差しが痛いくらいの暑い日だった。
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