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第97話
車の運転は随分久しぶりだ。
地元では車がないと不便だから、大学受験を終えて早々に教習所に通い始めたが、都内に一人暮らしを始める運転する機会などなかった。
すっかり捻挫も癒えた優弥は実家のワゴン車を駅まで走らせて、龍樹を待つ。約束の時間まではまだあと30分もあるが。
龍樹くんまだかな、もうすぐかな、次の電車かな、とそわそわしながら待っていたら、よくある駅前の蕎麦屋からつい最近見た姿が出てきた。
翔太郎だった。
逃げようにも隠れようにもそんな時間も場所もなく、せめて気付いてくれるなと願ったが、それも虚しくバッチリ翔太郎と目が合った。
「…おはよう、翔太郎」
「ああ…どうした、こんなとこで突っ立って」
「待ち合わせしてるんだ」
どうかどうか、龍樹が来る前に立ち去ってくれ。
祈るような思いだったが、それも叶わなかった。
ふわっと香る、安堵と興奮を同時にもたらす蠱惑的なフェロモン。
誘われるままに顔を上げると、小さなキャリーケースを引いて龍樹が歩いてきた。
堂々と歩く姿は、やはりαだ。
優弥は一瞬その姿に見惚れて、そして顔を綻ばせる。
すると龍樹もこちらを確認し、優弥の姿を認めると、控えめにそっと微笑んだ。
「龍樹くん…久しぶり」
「お久しぶりです」
ほんの2週間ちょっと会わなかっただけなのに、こんなにも眩しい。
すらっとした体躯によく似合う黒のパンツに薄いブルーのシャツ。少し髪を切ったようだ。ふわんとした髪が柔らかく揺れている。
見惚れていると、龍樹が居心地悪そうに視線を逸らした。
「優弥…待ち合わせって、そいつ?」
若干自分の世界に入りそうだった優弥を引き戻したのは翔太郎の声だった。
そうだ、いたんだった。
優弥は少し肩を落として、翔太郎と龍樹を交互に見た。翔太郎の方は不審感丸出しで、まるで怯えた子猫のようだったが、対して龍樹の方は親しく笑顔を向けたり話しかけたりこそしないが、全く気にも留めない様子。
「うん、番の…橘 龍樹くんだよ。龍樹くん、この人は俺の…」
俺の。
その先、なんて言ったらいいんだろう。親友?友達?知り合い?どれも当てはまるようで、どれも当てはまらない。
「…元クラスメイトだよ」
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