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第99話
ドアの向こうで聞き耳を立てている愛弓もハラハラしていることだろう。
さっきから尻ポケットの携帯がうるさい。きっと愛弓がメールしているのだ。
「…あ、あのねお父さん…」
苦し紛れに優弥が声をかけるも、龍樹を睨め付けたまま微動だにしない。
母もすっかり呆れてしまって、溜息をついて頭を抱えた。
「龍樹くんは、その」
「俺ぁな、αが嫌いだ」
言うに事欠いて、それ。
もうどうしようもない。
「生まれながらのエリート?ふざけんなお前、必死に女房食わして子供2人育ててよ、なんの苦労もせず生きていくαなんかに大事な息子やれるかよ!苦労を知らない奴が人を幸せにできると思うな!」
しん、と静まり返った。
父の怒鳴り声など、子供の時以来かもしれない。あの時はなんで叱られたんだったか、それすら思い出せない。
母もすっかりのまれてしまって、父の顔を凝視していた。
父が、そんな風に考えていただなんて知らなかった。ただ頭ごなしに反対されるのかと。
きっと悩んだだろう。
息子がΩだったことに。
幸い、発情期に苦労しない体質だったとはいえ、偏見や差別はそれなりにあった。就職の時だって随分苦労した。
何も言わなかったけれど、心配してくれていたのだろう。
少し、じわりとしてしまった。
「…必ず優弥さんを幸せにしますとは、お約束できません」
龍樹は静かにそう言った。
父が激昂しそうになったのを思わず立ち上がって制する。母も同じくそうして、父は二人掛かりで押さえつけられてやっと席についた。
「俺が優弥さんを幸せにするのではなく、優弥さんと一緒に幸せを作って生きたいと、そう思っています」
父の肩から力が抜けた。
「俺が一方的に定義した幸せを、押し付けたくありませんので」
龍樹はそう言って、ちらりと優弥を見た。暖かくて優しくて、優弥が大好きな視線。
父の言葉で浮かんだ涙が、龍樹の言葉でついに溢れた。
ああやっぱり、龍樹くんしかいない。
出会ったあの日、運命の直感を無視しなかったことを、心から感謝した。
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