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第106話
痛みの代わりに湧き上がってきたのは、怒りだった。
「…くせに」
「え?」
「何も知らないくせに!」
龍樹は、何も知らない。
自分と翔太郎の出会いも軌跡も、あの時何があったのか、何が翔太郎をそうさせたのか。
「翔太郎は悪くない…愛弓も龍樹くんも、なんだよみんなして、何にも知らないくせに、あの時翔太郎がいなかったら…」
そこまで言って、優弥ははたと我に返った。
いなかったら?
いなかった時のことを考えたことがない。考えたくもない。けれどもしも、いなかったら。
「…きっと龍樹くんとは出会えない」
少なくとも、教師という道を選ぶことはなかった。龍樹との出会いもなかっただろう。
運命の番が、都市伝説で終わっただろう。
龍樹と出会えなかったら?
きっと適当に生きて適当な人と適当な恋愛して、いや恋愛なんてしなかったかもしれない。この火傷の跡があるうなじを見せたくないから。
なんて虚ろで寂しい人生。
じわじわと泣けてきた優弥は、ずずっと鼻をすすって、龍樹をキッとにらめつけて。
「いーーーっだ!」
そして思い切り歯を見せて、バタバタと自室に逃げ込んだ。
「…いーって…あんたいくつだよ…」
呆然とした龍樹の呟きは、誰にも拾われず。
「龍樹くんのバカ!バカバカバーカ!わからんちん!ブラコン!好き!」
ハッ!
最後のが悪口じゃ無くなってることに気が付いて、優弥は一気に気が抜けた。まるで風船に穴が空いたように、ふしゅ〜っとベッドに沈み込む。
何にも知らないくせに、なんて。
知らなくて当たり前なのに。
龍樹は聞こうとしてくれていたのに、それを話そうともせず誤魔化したのも自分だし、怒るのも無理ない。
じわぁっと枕が湿って、自分が泣いていることに気が付いた。
引っ込みがつかなくなる前に謝らないと。そう思うのに、身体が鉛のように重たくなってしまって動けない。
こんなに好きなのに子どもみたいな癇癪起こして、恥ずかしい。きっと呆れられた。
なんとなくスマホを手に取る。
待ち受けは、鎌倉でのお祭りでこっそり撮った浴衣姿の龍樹だ。
「…かっこい…」
ぽつり。
一つため息まじりに呟くと、知らないアドレスからメッセージが入った。
迷惑メールかな、と思って一応開いてみると、それは意外な人からだった。
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