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第113話

硬く握りしめた手を持ち上げられて、その行き先をぼうっと眺めていると。 龍樹は力を込めすぎて白くなった優弥の指先に、そっと口付けた。 慈愛と表すのに相応しい表情。 優弥は思わず魅入って、そして力がふっと抜けた。握り締めすぎて、少し痺れている。龍樹の手からは、優弥の爪が食い込んでいたせいで血が滲んでいた。 「…なら俺はあの人に感謝しないといけませんね。」 優弥はきょとんとした。 あの人、というのは、話の流れからして翔太郎で間違いないだろう。 けれど、翔太郎が龍樹に取った態度を考えると、嫌いこそすれ感謝するところなどないように思える。 優弥だって、今更翔太郎にどう接していいのかわからない。 昔のような友達に戻れるとも思えないし、翔太郎もそれを望んでいるとは思えない。 優弥の表情から困惑を感じ取ったのだろう。 龍樹は困ったような曖昧な微笑みを見せて、窓の外に視線を移した。 「…あの人が必死に守ってきたから、今も貴方はこんなに純粋なんでしょう。」 力の抜け切った優弥の手をキュッと軽く握る龍樹の横顔は、はっとするほど綺麗だ。 龍樹は月明かりがよく似合う。 太陽のような燦然とした輝きではなく、静かで、けれどなくてはならない大切な輝き。 優弥にとって、龍樹はまさしく月だった。 「純粋で真っ直ぐなところ…」 と、そこまで言って、沈黙する。 もしかして、ここまできて照れるとか。あり得る。 最近、龍樹が少しわかってきた。 「龍樹くん?」 先を促してみる。 沈黙。 「…純粋で真っ直ぐなところ?」 意地悪いけど、聞きたい。 言って欲しい。 まだ沈黙。 段々赤くなっていく顔を隠したいのか、視線が窓の外から降りて行って、手を握っていない方の手で覆ってしまった。 キュッキュッ。 手をわざと握ってみたりして。 そして漸く。 「…いい、と、思います…」 今が夜でよかった。 昼間だったら、蝉の声に負けそうな、小さな声。 デレっとだらしなく顔が緩んでしまったのは、許して欲しい。 こてんと肩に頭を預けたら、赤くなった耳だけが見えた。 静かな時間。 まるで鼓動が一つに溶け合ったように龍樹の存在が心地いい。もう、この人以外の体温では安心などできないだろう。 恐ろしいほどの一体感。 けれどそれを上回る愛しさ。 運命というやつは、厄介だ。 『だから運命なんて知りたくなかったんです。』 あの言葉をふと思い出す。 今なら、聞ける気がする。 優弥は意を決して口を開いた。

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