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第115話
気合の入った朝食はたった1日で挫折したらしい母は、ごめんなさいねこんな簡単でと平謝りしながら龍樹にだけスクランブルエッグを出した。
「なんでこいつにあって俺にはないんだ!」
「卵が1個しか無かったのよ!子どもじゃないんだから我慢しなさい!」
父も母も朝から絶好調だ。
イケメンのαが帰ってしまう、と嘘泣きを繰り返す愛弓はダイエット中らしく山盛りのトマトを食べ尽くして、こちらも絶好調。
すっかり雰囲気に飲まれていた龍樹は、食後のコーヒーが出てくるとそれを一口飲んで顔を綻ばせた。
「うちじゃ朝からコーヒーなんて出てこないので嬉しいです。」
こんなインスタントコーヒーで喜んでくれるなんて、と感動している母に、お前意外と庶民だなと肩をたたく父。
庶民なんじゃなくて、コーヒーという文化が無いご家庭なんだよ。とは言わないでおいた。
実際、高そうな茶葉は何種類もあるのを優弥は知っている。
「ねー両家顔合わせだっけ?いつやるの?どこでやるの?次いつ龍樹さんに会えるの?ねーねーねー!」
「顔合わせなんて当分先だよ。それに両親の顔合わせなんだから兄妹は来なくていいの!」
「えーーー!」
兄弟といえば、水樹は免許取得のために合宿に行っていると言っていた。が、高校三年生の夏休み。受験は大丈夫なのだろうか。
受験といえば。
「ねぇ、龍樹くん。水無瀬くんって…」
と、聞き出そうとしたタイミングで、家のチャイムが鳴る。
セールスの訪問にはまだ早い時間帯、一体誰が。家族が顔を見合わせたせいで、聞ける雰囲気でもなくなってしまった。
こんな時間に誰かしら、とまだパジャマにエプロンの母が文句を言いながら出て行くのをじっと見守ると、龍樹の方から口を開く。
「水無瀬は、大学行くらしいです。これから探すって。まぁ、あいつならどこでも入れるでしょうし…なんか事情があるみたいでうちの親と話してましたけど、誤魔化されました。水樹は知ってるみたいでしたけどね。」
「そう、なんだ…」
龍樹にも知らせなかったと言うことは、相当知られたくないに違いない。
ほとんど話したこともない自分になんて教えてくれないだろう。
『龍樹が先生と結ばれたら、水樹はいよいよ独りですね、可哀想に』
祭の前に聞いたこの言葉の真意は、なんなのだろう。
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