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第118話
怒りで身体が震えるなんてことが、本当にあるだなんて知らなかった。目の前が真っ赤に染まることも。
全部本の中の表現の一つだと思っていた。
優弥は握った拳で溢れた涙を拭い、冷静になろうと麦茶を一口含んだ。
冷たいそれが口の中に広がると、いくらか体の熱が下がった気がしたが、焼け石に水。大した効果は得られなかった。
「龍樹くんが悪いんじゃない…龍樹くんはずっと警戒してたのに、俺が龍樹くんを好きで好きでつきまとって勝手に発情したの!」
今思えば恐ろしいほどの行動力だったと思う。
教師と生徒とか、龍樹に嫌われているんじゃないかとか、頭を掠めはしてもそんなものは防波堤にならなかった。
ただ欲しくて欲しくて。
龍樹を欲する身体とそれを律する心。言葉通り心と身体が別物で、まるで自分が2人いるようだと思った。
あの時の感覚は忘れたくても忘れられない。
そしてそれは、龍樹と番になった途端に泡となって消えた。
「…それってやっぱり、発情期に無理矢理襲ったんじゃねーか!」
「だから違う!あんなの!…っ、あんなの、おっ、俺が襲ったも、ど、同然…!」
懲戒免職も覚悟していた。
お茶の間の晒し者になる覚悟もしていた。それによって折角番になった龍樹と離れ離れになってしまうことも考えた。
「それなのに龍樹くんは、校長に頭下げたんだよ!自分が悪いって!落合先生にはなんの処分もしないでくれって!」
それらから守ってくれたのも、他でもない龍樹だ。
ぐぐっと迫り上がる涙と声を抑えることができず、自分が何を言っているのかも分からなくなってきて、そのうち鼻まで詰まってきて。
啜ると、ズズッと豪快に音がした。
「…優弥…」
小さな翔太郎の呟きに、ひくっとしゃくりあげながら翔太郎を睨みつける。
翔太郎の顔に、もう侮蔑の色はなかった。
「相変わらずきたねー泣き方だなおい…」
「うるせーよ!ゲロは吐かねーよ!」
涙も鼻水も出てるししゃくりあげてるし、まぁ汚いだろう。
目に入ったティッシュでとりあえず鼻をかんだけれど、チーンなんて可愛らしい音ではなく豪快な音がしてちょっと汚かった。
「合意の上で、じゃあこれから番になりましょうという形ではないです。」
ただ1人、龍樹だけが冷静だった。
自然と、優弥も翔太郎も龍樹に視線を向ける。
真っ直ぐに伸びた背筋が、龍樹の心根を表しているようだった。
(純粋で真っ直ぐなのは、龍樹くんの方だ。)
自然と、そう思う程に。
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