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第119話
「それでも、俺も先生…優弥さんも納得して、今こうしてちゃんと愛し合っているなら、それも一つの形ではないかなと思います。」
静かで穏やかな声が狭い部屋を木霊した気がした。
凛としたその言葉は、スーッと優弥の心に沁み行って、ほわりと灯をともして消え去った。
龍樹は芯のある強い眼差しで翔太郎をまっすぐに見ると、ゆっくりと頭を下げた。
「…優弥さんを、守ってくれてありがとうございました。」
地元の駅前、号泣する愛弓を前に龍樹は困り果てていた。
「たっ…たつきさ、また来てねぇぇえ…!」
「なんのお構いも出来ませんで…ご家族にもよろしくお伝えくださいね。」
「あ、あゆみもう、龍樹さんの義妹だからぁぁ…!」
むっつりと黙り込んだままの父がほんの少し、ほんの気持ちだけ会釈したのを優弥は目ざとく見つけて、クスリと小さく笑った。
ワゴン車に大人6人。
龍樹の見送りに、翔太郎も来ていた。翔太郎も、父と同じくむっつりと黙り込んでいる。
昔の明るい翔太郎に会えるのは、当分先になるかもしれない。
「…じゃあ、そろそろ。」
「うん。…また、連絡するね。」
「はい。お世話になりました。」
形のいい唇の両端を少しだけ持ち上げた龍樹は、優弥の両親に頭を下げて、翔太郎に会釈、そして最後に優弥に目配せして、小さなキャリーケースを引いて一度も振り返らずに改札の向こうへ消えて行った。
その後ろ姿に、嘗て運命に怯えて優弥を遠ざけた面影はない。
優弥は緩む頬を堪えることをせず、次に会える日を楽しみに車に乗り込んだ。
「…ねえぇ、優弥さんだってえ!」
「うわっキモっ!」
「愛し合ってるだってええ!」
「キモっ!マジキモっ!」
愛弓に罵倒されながらの車内も、楽しい道中。
次に会えるのはまた数週間後。
その時はただ仲の良い教師と生徒でなければならないし、何も気にせず会えるのはずっと先になるだろう。
それだって、1年もない。
「優弥、涎垂れてんぞ」
「お前がお兄ちゃんをバカにするなー!てかなんでいんの!?意味わかんない!!」
龍樹と翔太郎の話を盗み聞きしていたらしい愛弓は、翔太郎がただ優弥をストーカーしていた訳ではないことを知っても、すぐには態度を改められないらしかった。
龍樹くんにはあんなに可愛げあるのに。
キャンキャン吠える愛弓の声とそれを受け流す翔太郎の声が、まるで楽しい童謡のように聞こえる。
優弥はそっと携帯を取り出すと、さっき別れたばかりの龍樹にメールを作成するのだった。
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