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 それから、俺が転げ落ちていくのに多くの時間はかからなかった。  ――一体何処へ?  と聞かれたならば、メロンソーダ色をした谷底へ、とでも答えようか。  はじめは、何かそれらしい名目を掲げての行動だったように思う。ブランコの時もそうだったが、“どの程度の刺激なら大丈夫か知るため”というのが一つと、あと一つ、“刺激に慣れていけば、そのうち治るんじゃないか”とかなんとか。  そういう理由をつけて、最初はわざとベッドから落ちてみたり、自分の部屋で逆立ちをしてみたり、階段から降りるときに数段ジャンプをしてみたりしていた。  それから様子を見て、電車の例のカーブで立ってみたりもしたし、夜中一人でブランコに乗りに行ってみたりもした。  偉いもので、俺はそれらの刺激に本当に慣れていき、電車などでは最終的に普通にシラフで立っていられるまでになった。  それどころか、日常生活で“あの感覚”を感じることもほとんど無くなっていった。  本来ならばこれで当初の目的を達成しているのだが、俺の行動はその後も順調にエスカレートの一途をたどることになる。  この頃には、俺は完全なるメロンソーダ中毒に陥っていたのである。  なけなしの貯金をはたいて、俺はまず自転車を買った。型遅れで見かけはパッとしないが、値段の割に丈夫な造りだと説明され、そこが決め手となって購入した。  本当はバイクが欲しかったのだが、免許を取るための貯金から始めなければならないため、それは一旦保留にしておくことにした。何にせよ、自分の手の届くことから始める、というのは悪いことでは無いと思う。  そういえば、いつかバイクを買うことになったら誰かに一緒に選んでもらう約束をしていたような気がするが、一体誰と交わした約束だったか記憶は曖昧だ。  そうして、大学が終わると俺はほとんどの時間を自転車に乗って町を探索することに費やすようになった。主に、“良い感じの坂”とか“良い感じのカーブ”、それもできるだけ通行人のいないような場所を求めて俺はさまよい続けた。気分は峠を攻める走り屋のそれである。  まあ、なかなか思うようにはいかないもので、整備された街中にそうそうエキサイティングな坂道などありはしない。緩めのヤツが近場に二件、本格的なものになると山の方へ遠出してやっと数件存在が確認された程度で、うち幾つかは事故った場合洒落にならなそうなスポットなので実用性は無し。  行き詰った俺は自転車行脚と並行しつつ、様々なことにチャレンジしてみることにした。  多少目先を変えてみようと手を出したのは、ホラー映画や心霊動画などのオカルト系だ。  驚くことに、それらも多少は“あの感覚”を呼ぶ効果を有していた。特に、不意打ちで大画面にお化けがバーン!! といったああいう子供のころは大嫌いだった演出で得られるメロンソーダ感はなかなか美味しいものだった。  が、そのうち面白い映画はあらかた見尽くしたことに加え、いい加減お話のパターンを先読みできるようになってきたため、これも頭打ちとなった。  次に、より手軽さを求めて俺がチャレンジしたのは、“ナイフを指の間に素早くトントン行ったり来たりさせる奴”である。正式名称は知らない。  これもまあまあ効き目があった。安全性を考慮して、最初は先のとがっていない棒(割り箸など)でやっていたのだが、やはり本当に刃物を使った方が効果は段違いだ。失敗すると手に穴が開くのが玉に瑕ではあるが……。  結局、一度手元を狂わせて腕をざっくり行ってしまったため、刃物を使用しての行為は封印するに至った。  色々と試行錯誤を繰り返し、俺が行きついたのは“絶叫マシーン”である。つまり、遊園地とかにあるジェットコースターとかフリーフォールとかだ。  これらが画期的なのは、ほぼ確実に安全であるという一点につきる。その代わりと言っちゃなんだが、遊園地に入るための入場料及びアトラクションのチケットが毎回必要であり、更には人目を気にしない鉄のハートが要求されることになる。  背に腹はかえられないため、後者は何度か回を重ねるごとに徐々に鍛えられていった。問題は前者、つまりはお金である。  俺はついにバイトを始めた。自転車で街を探索するようになって身についた土地勘と体力を活かし、日雇いでDMのポスティングをすることに決めた。何なら新聞配達などでもよかったのだが、自由に遊園地に行くことができなければ意味が無い。  バイトを始めてしばらくのうちはバイクと免許のために貯金もしていたのだが、近場の遊園地に飽きて遠出をするようになってからは、バイト代がそっくりそのまま遊びに消えるようになっていった。  バイト中や金欠の時は自転車で我慢し、お金ができたら各地の絶叫マシーン巡り。それが俺の行動ルーチンとなった。  インターネットや旅行雑誌で遊園地にある絶叫マシーンの情報を仕入れては、良さそうなのがあれば乗りに行くことを、暇さえあれば繰り返した。  もちろん、そういった情報にも当たりはずれはあったし、中には期待しすぎて肩透かしをくらうことも少なくはない。  しかし、そのトライアンドエラー感は俺にとてつもなく充実した毎日をもたらしていた。  一方、そんな生活をしていると、当然ながら友人たちとの交友は少しずつおろそかになっていった。  はじめは、敬一が俺の行動を気にかけてくれていたように思う。 「最近忙しいみたいだけど、何かあんの?」  と、そんな風に。彼の言葉に、俺は 「あれから病院に通ってるから、なかなか時間とれなくって」  とだけ返した。  一応言っておくが、俺は嘘はついてはいない。彼に聞かれた時点では、まだ病院に行くこと「も」あった。が、いくら診察を受けても医者の判断が様子見の一点張りなので、そのうちに行かなくなっただけだ。つーか最後まで湿布くれるだけだったし。  遊園地巡りに目覚めてバイトを始めてからは、バイトを理由に彼らの遊びの誘いを断り続けた。  そうこうしていると、透あたりが俺に彼女でもできたんじゃないかと判断したらしく、あまり誘われることも無くなっていった。  鉄生には……たった一度だけ、大学からの帰り際に二人だけのタイミングで 「何か悩みがあるんだったら、いつでも言えよ」  などと、深刻そうな表情で見当はずれなことを言われたのだが、それから特にコンタクトは無い。あれだけべったりな仲だったのに、ずいぶんアッサリとしたものだ。  彼らと疎遠になることに多少の罪悪感はあったが、それだけといえばそれだけだった。  この時にはもう、俺の中で友人達と過ごす和やかな時間と、一人でメロンソーダ感を味わう時間とでは、後者の方が圧倒的に楽しさが勝っていた。  ついこの間、“この世で友情が一番大切”だなんて噛みしめていたはずなのに、人生なんて本当にわからないものだ。  俺は一人でも十分楽しく生きていける。以前の俺は友人とのすれ違いだ何だでウジウジと悩んだりしていたが、今の俺は違う。そう、俺は以前の何倍にも強い人間へと成長したのだ!  ――なんて、そんな風に天狗になっていると、足元をすくわれるのが世の常なわけで……。

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