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 説明しているうちに自分で自分が情けなくなり、俺はがっくりと項垂れた。  そんな俺を見下ろしながら、鉄生は憮然とした態度で腕を組み、 「それだけも何も……別に、イイ匂いが云々を信じない訳じゃねーけどよ、ここしばらくのてめぇの行動はどう見ても自殺志願者のそれだったぜ」  と、こんなことを言い始めた。その台詞に妙なニュアンスを感じ取った俺は、深く考えずに気になった点をオウム返ししたわけだが……。 「いや、ここしばらくってさぁ……」 「悪いが、しばらくの間後をつけさせて貰ってた。今日のこと思えば、そうしといて正解だったみてーだがな」  正直、その発言は少々聞き捨てならなかった。何、今なんて言った? 後つけてたって?  ――まあ、確かに俺が事故った時に都合よく鉄生が現れたのは甚だ不自然ではあったが、そういうことならば辻褄は合う。……合うんだけど、なんていうかちょっと、普通そこまでするかっていうか……つーか一体いつ頃から、どうやって、どこまで見てたわけ?? しかし、お蔭で命が助かった身としては軽々しく文句は言えない。  何やら急に釈然としない気分になってしまった俺を後目に、鉄生は滔々と喋り続ける。 「遊園地と山道行ったり来たり行ったり来たり……最初は何のこっちゃ分かんなかったけどよぉ。アレだろ? 遊園地でアホみたいにジェットコースターばっか乗ってたのって、崖から落ちる練習っつーか何つーか……ああやって、死ぬ覚悟固めてたんじゃねーの?」 「いや、だからね鉄生、それは」 「大体だぜ!? 危ないことするスリルが気持ちいいとか何とか言って、それってつまり死ぬのが一番気持ちいいってことにならねーか? ……ほらぁ! やっぱ死にてーんじゃん洋介!! 駄目だってそれは! 何が辛いのかは知んないけどよ、黙って死ぬのは駄目だろ!! 話せよオレには!!」  鉄生は俺の話には聞く耳を持たず、徐々にエキサイトしてゆき語気も荒く話し続ける。彼の目じりに小さな涙の粒がじわりと浮かぶのを確認し、俺は改めてどうしようもない罪悪感にかられた。と、同時に半ば本能的に  ――ああ、こりゃあ今は口を挟む隙はないな。  と悟り、彼が落ち着きを取り戻すまでは黙ってしばらく話を聞き続ける方針を固めた。鉄生の口から爆弾発言が飛び出したのは、その矢先のことである。 「オレたち恋人同士じゃなかったのかよ!?」  鉄生の渾身の怒号が、朝方の安アパートの薄い壁をびりびりと震わせた。……後にも先にも、俺はこの時ほど左右の部屋に入居者がいないことに感謝したことは無い。  先ほどまでと打って変わって静まり返った部屋の中、肩を大きく上下させる鉄生の姿を俺は呆然と眺めていた。  吹っ飛んだ、と思った。もう完全にキャパオーバーだ。 「えー……今なんて?」  鉄生は俺の問いには答えず、ただ荒い息を繰り返しながらこちらをじっと見つめてくるだけだ。その余りにも真剣で真っすぐな眼差しに耐え切れなくなって、俺は意味なく床に視線を泳がせた。 「へ……?」  しばしの無言の時間の後、鉄生が気の抜けたような声を発した。 「オレたち付き合ってるよな?」  そんなこと言われたって、俺にできることといえば、 「や、逆に……付き合ってたんだ? 俺たち……?」  こうしてバカのように質問を質問で返すことぐらいのものだった。 「いや、いや、いや、いや……ちょっと待てよオイ」  一体何の意図があってか、音もなくすっくと立ちあがる鉄生。俺は、瞬間的に座った姿勢のまま後ずさると、片手を前に突き出し大声を張り上げた。 「分かった、分かったからお互い一度落ち着こう! で、俺の自殺云々はコッチに置いといて、一旦物事を整理しよう!! そーしよう!? ねっ?」  余りにも情報が錯綜しすぎて、とにかくこのままではダメだと思った。が、それ以上に、俺は辺りに立ち込めるメロンソーダの匂いでどうにかなってしまいそうだったのだ。  昼も近づき腹も減ってはきたが、俺と鉄生は引き続きローテーブルを挟んで顔を突き合わせていた。  テーブルの中央にはごちゃごちゃと書き込みのされたルーズリーフが置かれ、その周囲には筆記用具が散らばっている。そして、各々の手元にはお茶(母が仕送り時に毎回ほうじ茶のティーバッグを送ってくるのでめっちゃ余っている)の入った湯呑。  俺はすっかりぬるくなったお茶を一口すすって深呼吸をすると、ルーズリーフに視線を落とした。  何か図にでもした方が分かりやすいのでは、と思ってのことだったが、一通り鉄生の説明が終了したあとに見返しても何が何やらさっぱりだ。  確かなのは、鉄生は本気で一年近く俺と円満に付き合っていたつもりだったらしい、という一点だった。 「だから、ずっと前に泊めて貰ったときに告白はしたよな。そう、酔いつぶれてたオレをお前が介抱して、んで朝に水くれた時だよ。アレで惚れて、オレにはこいつしかいねーって思ったんだけどな。……いきなりだったけど、洋介も“うん”って頷いてくれただろ? それってOKってことじゃねーの? そっからもずっと気持ちは伝え続けているつもりだったし、デートだって何度もしてるし。服選んでもらいに行った時とかも、言ってみればデートだよな」  鉄生が、一度書いた幾何学模様の上をさらにもう一度ペンでなぞり直しながら、これまでの説明を繰り返す。俺はぐわんぐわん揺れる頭を抱え、ただ相槌を繰り返すことしかできなかった。 「うん……でも、俺、男だよね」 「好きって気持ちに男も女もあるかよ!」 「そ、そーゆーモンかなぁ」  そうきっぱりと言い切られると、急に自分の常識に自信が無くなってきてしまう。俺が己の価値観の揺らぎと必死に戦っていると知ってか知らずか、鉄生は更に追い打ちをかけるように言葉を続ける。 「恋人からの連絡が途絶えたらそりゃ不安にもなるし、浮気を疑って後をつけることだってあるだろうよ。ただでさえ心配なのに、透の奴がお前に女でもできたんじゃねーかとか言ってくるし……」 「後つけてたのって浮気調査だったんだ……」  何だかもう、急に異次元の世界にでも迷い込んだような気分だった。精神的な限界を迎えた俺は、ついにはテーブルの上に倒れこんだ。 「ごめん、俺、鉄生とはずっと友達のつもりだった」 「……ったく、もうオレ泣きてぇよ」  鉄生がどんな顔をしてそう言ったのかは知らないが、それはこっちの台詞だった。折角、人生で初とも言える親友ができたと喜んでいたのに、その実ずっとすれ違いっぱなしだったなんて。 「あのさ、鉄生」  俺はテーブルに突っ伏した状態のまま口を開いた。起き上がるだけの気力は今の俺には無かった。 「とりあえず言っとく。助けてくれてありがとう。あのままじゃ俺、死んでたと思うし」  なんて情けない涙声だろう。自分の声が自分でも耳障りでしょうがない。それでも、この不毛な時間を終わりにするためには、最後まで言わなければならない。 「一応さ、こんな風に事故ったからには、俺はもう危ないことは止めるつもりだよ。これからもたまに遊園地とかには行くと思うけど、少なくとも死ぬようなことは絶対しない。約束する」  一息に喋りきると、テーブルの向かい側で鉄生が小さくため息をついたのが分かった。

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