「とても信用できねーな」 　これまでと打って変わった軽く嘲るような口調に、腹の底からじわりと染み出してくるものがあった。 　……じゃあ、これ以上どうすれば良いというのだろう。 「じゃあもクソもねーよ。起きて喋れっつーの」 　不覚にも、俺はまた思っていることを口に出してしまったようだ。 　依然として寝たままの俺の頭を、大きな掌がぐしゃぐしゃと撫でまわす。こんな行為だって、“親しい友人”にされているのか、それとも“俺を恋人だと思い込んでいたゲイ（それともバイなのか？）の男”にされているのかで随分と意味が違ってきてしまう。 　俺は頭の上に乗せられた手をのろのろと払いのけると、やっとの思いで身を起こし鉄生の方へと向き直った。 「……俺から言えることは、もう特に無いけど。鉄生はどうすんの？　っていうか、どうしたいわけ？」 　ひどい声にひどい言葉だ。きっと、その台詞を口にする俺の表情も、それはそれはひどいものだろう。……鉄生がこちらに向ける、生ぬるい眼差しが心に痛い。 「そうさなぁ……オレは」 　鉄生は、ごそごそと胡坐を組みなおすと、顎に手をやり軽く首を傾けるポーズを取る。 　――何か物事を考えるときにああやって首曲げるのってコイツの癖だよなぁ。この仕草が実家の犬（トミー・黒柴の雄・五才）にソックリだって気づいたのはいつのことだっけ……。 　漠然とそんなことを思いながら、俺は鉄生の様子をぼんやりと見守った。 「……決めた！！」 　そう宣言すると、鉄生はおもむろに立ち上がり、俺に向かって真っすぐに人差し指を向ける。 「オレがお前を見張っててやる。ずっとは無理だが、少なくとも冬休み中はヘンな気を起こさないように見張り続けるつもりだ」 「……はぁ」 　ここまで来ると、俺の気持ちは一周してしまい、もはや何もかもがどうでも良くなっていた。というか、地味に眠気・体力・空腹全てにおいてが限界だった。 　見張り続ける。つまりは、これまで同様に後をつけつづけるということだろうか。 　平たく言えば、それはストーカー行為に他ならないのだが、別に実害も無かったし、鉄生がそれで満足するならいいんじゃない。そう思った俺は、 「……勝手にすれば」 　と、半ば投げやりな気持ちでOKを出したのだが、それがまさかあのような事態を招くとは……。 「よし！　そうと決まれば荷物持ってこなきゃな。あと車返してこねーと」 　俺の返事に満足そうに頷くと、鉄生はいそいそと帰り支度を始めた。 「？　荷物って？　あと、そういえばあの車って一体……」 「おう、車はそりゃレンタカーよ。お前の後をつけるにしても、この寒さの中バイクじゃキツいだろ？　んで、しばらく一緒に住むんだから荷物だって必要だろーよ」 「ハァ？」 　そんなこんなで、またも俺の思考は停止するハメになったのである。 「いや、ちょ、一緒に住むって……」 　俺が我に返った時鉄生は既に靴を履き、玄関を出ようとしているところだった。 「今更何言っても遅えからな！　男に二言は無い、そうだろ？」 　鉄生は振り向きざまに歯を見せてニッと笑うと、勢いよくドアを閉め……たかと思えばもう一度ドアを細く開き、隙間から半身だけ出して、 「あと、これからもう一遍考えてみちゃくれねーか、オレと付き合うって話。で、冬休み終わるころにでも返事くれや」 　そう言い残し、今度こそ俺の部屋を後にした。 　しんと静まり返った部屋に取り残された俺は、ほんの少しの間だけ頭を抱え、己の脳にもはや少しも考える力が残されていないと悟ると、その場にばったりと倒れこんだ。 　――うん、一度寝よう。面倒なことは、起きてから考えよう。 　座布団を枕にして硬い床に身を横たえると、心身ともに疲弊していた俺は、みるみるうちに深い眠りに落ちていった。 　その日の夜中、俺はがさごそという異音に目を覚ました。 　寝起きで霞んだ目に飛び込んできたのは、まるで嵐でも通り過ぎた後のように荒れ果てた自室の風景だった。 　ありとあらゆる戸棚や引き出し、タンスの扉は開け放たれ、その中身はぐちゃぐちゃに引っ掻き回された上に引きずり出されているようだ。棚にきれいに収まっていたはずの本やCDはあちこちに乱雑に散らばり、無残な姿を晒している。 「泥棒！？」 　慌てて起き上がろうとした俺は、床で寝ていた自分がいつの間にかベッドの上に居ること、そして体中をシーツで洲巻にされていることに気が付いた。 「お、もう起きちゃったか。おはよーさん」 　そう言って床の上に築かれた衣類の山の間から顔をのぞかせたのは、一人暮らしの学生宅を狙った泥棒……ではなく、鉄生だった。その顔を見た途端、急速に昼間の記憶が蘇る。 　見れば、ベッドのすぐ傍らに見覚えのないボロボロのスポーツバッグが置かれているが、多分これが鉄生の荷物なのだろう。 　いや、それにしても、である。 「ちょ、何してんの鉄生！？」 　俺は洲巻状態のまま、大声を張り上げた。 「おう、悪いな。でもこれ、どーしても必要なことなんだわ。分かってくれな」 　口では悪いと言いつつ、鉄生の口調は全く悪びれた様子を見せない。 「いや、分からないよ……っていうか何がしたいんだよ……」 　困惑を深める俺を後目に、鉄生は全く悪びれない態度で服の山を探り続ける。 「この部屋に注射器とか怪しい粉が隠してないか探してたんよ。アレで身を持ち崩したヤツなんて星の数ほど見てきたし、こればっかは愛してるとか関係ねーかんな。ま、どこにも無いみたいなんでオレも一安心だぜ」 「あ、あるわけないじゃん！　そんなの！！」 「でも、正直怪しかったぜ？　洋介の言ってる話の内容……特に、緑の光がどうのって辺りが。あ、荒らしたトコは責任もって片付けるから、もうちょい寝てな」 　そう言うと、鉄生は俺の服……中でも下着類を物色する作業に戻っていった。何やら、色や形状別に並べて整理しているようだが、何故下着……あ、そういえば鉄生って俺を……。っていうかあのゴミ箱の隣に置いてある、紐でくくってまとめられた本とDVDって、もしかすると俺の秘蔵エロ……。 　そこまで考えが至った瞬間、俺はもう全て見なかったことにして、再びベッドに身を横たえた。部屋よどうか朝までには片付いていてくれ、と心の底から願いながら。