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 翌日の早朝。ほとんど完璧に元通りになった部屋で俺は目を覚ました。  出しっぱなしにしていた食器や、うっかり床に置きっぱなしになっていた空のペットボトルまでが以前と同様の場所に戻されているため、昨夜のことは夢かとも疑ったが、それが現実であった証拠として、ゴミ箱の隣には俺の秘蔵の例のアレがまとめて置かれている。……なんか、最後に見た時よりも量が増えてるような気もする。  俺は巻きの緩んだシーツからごそごそと這い出すと、ヤツの姿を探した。寝息は聞こえど姿は見えず……と、下方に視線をやると、鉄生はベッドのすぐ傍の床で、彼の荷物と思しき鞄を枕にして爆睡中だった。  余りに寒そうな姿だったため、俺は先ほどまで自分の使っていた掛け布団を鉄生に被せてやった。一瞬、起きるかな?とも思ったが、さすがに相当お疲れのようで、ちょっとやそっとでは目を覚ましそうにない。  俺は彼をそっと跨ぐと、足音を立てないように流し台まで歩いて行き、コップに水を注いだ。……今更ながら、割れた爪に水が染みてじくじくと痛む。  空腹についてはいつからか気にならなくなっていたが、とにかく喉がカラカラで仕方がなかった俺は、一息にコップの水を飲みほした。  さんざん眠ったのでベッドに戻る気にもならなかった俺は、窓際に置かれたスツール(部屋にお洒落さが欲しくて購入したがほとんど踏み台としてしか使っていない)に腰を掛けていることにした。  部屋の中は暖房が効いていてまだ暖かいが、窓の外はかなりの雪模様だ。鉄生が居なかったら、俺はこの雪で埋もれて死んでいたのだろうか。そう考えると、今更ながらに背筋が寒くなる。  それにしても、一昨日から昨日にかけては怒涛のような二日間だった。ほんと、ジェットコースターもメじゃないくらいの。というか昨日はクリスマスだよ! クリスマス!! 大学生にもなって、俺はなんでこんな……。  荒みかけた気分をごまかすため、俺はわざとらしく背筋を反らせて伸びをした。と、その時、視界の端に小さく光るものが映った。 「ん?」  ベッドの目隠し用にと配置した本棚の上に、何やら見慣れぬキラキラしたものが置かれている。  思わず椅子から立ち上がり、つま先立ちをして目を凝らす。俺では踏み台を使わねば届かない棚の上部に置かれていた、いや飾られていたのは、大小さまざまなスノードームだった。  古いものから新しいものまで、中には以前俺が鉄生にあげたボトルキャップのシリーズもある。 「鉄生の仕業か」 「ふあ? にゃにがぁ??」  特に呼んではいなかったのだが、棚を隔てた向こうで鉄生が寝ぼけた声を上げた。 「や、別に。ってか、まだ早いし寝てれば」 「ん~、もう起きる……腹減ったし」  鉄生はあくび混じりにそう言うと、棚の陰からのそりと姿を現した。肩から布団を掛けたままでしばらくぼんやりしていたが、俺の目線の先にスノードームがあると気づくと、急に目が覚めたようだった。 「それ、いーだろ。オレの宝物。悪ぃけど、帰るまでそこに置かせといてくれな」 「う、うん、いいけど」  そんな子供のような純粋な瞳で頼まれたら、断れる者の方が少ないだろう。というか断る理由も無いし。しかし、 「へへっ、洋介愛してるっ」  その言葉についてだけは、俺が真の意味を理解してしまった今、以前のように軽いノリで「おう」だの「俺も」だのと言葉のキャッチボールをこなすことは不可能だった。 「うぅ……」  言葉を濁す俺の複雑な心中を知ってか知らずか、鉄生は清々しい表情で体操? ストレッチ? などを始めてしまう。  俺は常々、自分と鉄生の体格差について残酷なまでの差を感じていたのだが、やはりこのような日々のちょっとした習慣の積み重ねも大切なのだろうか。  自転車を人一倍乗り回すようになってから、己のモヤシ極まりない体格も多少はマシになったような気がしていたが、こんな風に目の前で歴然とした肉体の違いを見せつけられると何かもうぐぅの音も出やしない。いや、俺は朝からヒンズースクワットとか頼まれたって絶対にしねぇけど。  さておき、寝起きだというのに元気のいい鉄生を見ていたら、俺もだんだんとお腹が減ってきてしまった。 「……何かあったっけなぁ」  俺はフラフラと冷蔵庫の方へ歩いていくと、扉を開けて中を覗き込んだ。 「うわ、しまった」  ほとんど空っぽだ。そりゃそうだ、遊園地に一泊二日旅行へ出かける前に、一旦中身を処分したんだった。  一応生米とレトルトカレー、缶詰などは常に持っているのだが、今から米を炊き始めるのも何だし、どれも朝向けの食事とは言いがたい。 「寒いけど……コンビニでも行くかぁ」  幸いにも(?)、俺は昨日は着替えず(着替える暇無く?)寝ていたため、上着を羽織ればこのまま出かけても良さそうだ。 「おっ、洋介どっか出かけんの?」  クローゼットを開いて上着を選んでいると、鉄生が背後からひょいと顔を覗かせる。 「あ、うん、パンと牛乳でも買ってこようかと」 「ふうん」  そう言うと、鉄生はいそいそと身支度を整え始めた。 「あれ、一緒に来るんだ?」 「当たり前だろ。ずっと見張るっつったろーが」 「ちょ、見張るってそういう……」  一瞬げんなりとした気分になった俺だったが、それに続いた鉄生の台詞には、不覚にもくすぐったいような気持ちにさせられてしまった。 「つーか、手ぇめっちゃ怪我してんだろ。何か持ったりとか、オレがするから」 「ええ、そ、そんなのいいのに……大丈夫だよ俺」 「遠慮すんなって。つーか、ここにいる間は何でもオレに頼れよな。別に恩着せようなんて思ってねえから」 「わ、悪いよぉ……」  そんなやり取りを交わしつつ、俺たちは雪のちらつく朝の街へと連れ立って出かけて行った。  俺は鉄生の人の好さを再確認すると共に、一抹の不安を感じていた。即ち、  ――奴は、俺が手を怪我していることを理由に、ありとあらゆる行動に干渉してくるつもりなのではないだろうか?  というものなのだが、この時の俺の予感はほとんど的中することとなった。 「それ、オレが持つわ」  から始まり、 「いいよ、上にあるのはオレが取るから」、「洗い物? 水が染みるだろ、オレに代われよ」、「ゲームとかしてんじゃねーよ、指の怪我治んねーぞ」、「その手じゃ食いにくいだろ? 食べさせてやるよ。ほれ、あーんしてみ」、「とにかく洋介はオレから見えるところに座ってりゃいいから」等々。  ……俺は果たして親切にされているのか? それとも腫れもの扱いされているのか? はたまたこれは鉄生の趣味による何かしらのプレイなのか? 単なる過保護か? いや束縛? ……なのか? もう分かんねぇよ!!  鉄生の過干渉ぶりに内心混乱しつつも、実際に生活は助かっているため特に逆らったりはしなかったわけだが、 「トイレ行く時はドア少し開けてしろよ」  などと言われた時にはさしもの俺も抗議した。鉄生曰はく、 「中で何かあった時、カギかかってたらどうしようもねぇじゃん」  ということらしいのだが、何かって何だよ……。さすがに便所で自決を図ったりしねぇよ……。いや、鉄生にとってはそれが心配なんだろうけどさ。

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