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7-2
「……洋介。ちょっと一個一個確認入れていいか」
「うん」
「いい匂いがしたり気持ち良かったりって……あの、お前が危ないコト繰り返してた理由っていう……レモンソーダみたいな」
「メロンソーダね」
「あれが、オレと今朝色々あった時に凄く出て」
「うん」
「ちゃんとヤってみたいと」
「してみたい」
「……それは別にオレの気持ちに応えたわけではないと」
「……ごめん」
鉄生は額に手を当てると、はああ、と長い溜息をついた。
「ぶっちゃけオレでなくてもいいってことだよなソレ?」
「それは分からないけれど、できれば気心知れた相手の方が」
「洋介、お前ちょっと頭のネジ何本かイカれてるわ……」
訪れる長い長い沈黙。もうこれはNOということだろうと察した俺は、手早く話題を畳みにかかった。
「ごめん、こんな失礼な話して……やっぱおかしいよね俺。良かったらこのことは忘れてほし」
「オレはまだダメだとは一言も言ってねえ!!」
俺があらかじめ用意していた台詞を言い終わる前に、鉄生が大声を張り上げた。
「え、それじゃ」
「まあ、こういう愛の無い感じの奴はオレとしても大変不本意なんだが、もしオレが突っぱねたとして、洋介が敬一や透に話を持ち掛けたらとか考えたらオレもう……」
ああ、その手があったかぁ。そう思いはしたが、もちろん口には出さなかった。出さなかったはずなのだが……。
「どーゆー意味だよ、その手があったか、つって」
鉄生の腕が伸びてきて、俺の服の胸元を掴む。俺はそのまま鉄生の方へ引き寄せられ、メンチを切られる形で上方から顔を覗き込まれた。
こうして改めて至近距離で見ると、ホントに悪そうな顔してるなあ、鉄生。中身はそうでも無いのに。というかこの流れは……キスか? それとも来るのか? 来ちゃうのか? いきなり??
密かに胸をドキドキさせながらも様子を伺うが、鉄生はそれ以上何をしてこようともしない。
と、つい、と鉄生が視線を逸らす。
「……悪りぃ。実は男同士ってどーやってやんのか、オレ、ちょっと自信ねーわ」
「えぇ!?」
そうやって驚いては見せたものの、実のところ俺も同性間のそういうアレコレについては聞きかじり以上の知識は持ち合わせていない。
――数分後。
久々に起動させたノートPCでウェブブラウザを起動させ、怪我をしていない右手の中指一本で検索窓に“男同士 セックス 方法”と打ち込む俺、そしてそれを背後から覗き込む鉄生の姿があった。
「こうして改めて調べるとなると、どうも神妙な気持ちになるよな」
「うん」
素のテンションで呟く鉄生に、俺は特に異論もないので素直に同意した。
しばしマウスをカチカチとやり、色々なページを行ったり来たりと試行錯誤を繰り返す。
「……なんか専門的だな」
「うん」
「けっこー生々しい」
「……うん」
「怪我にだけは気をつけなきゃな」
「うん」
大分基本的な情報も集まってきたし、いい加減俺たちは一体何をしているのだろうという虚しさが押し寄せてきたので、俺は一旦パソコンの電源を落とすことにした。
十五インチの液晶画面が暗転すると同時に、二人そろって長い長い息を吐く。
疲労困憊のため止む無く休憩を挟んだ結果、俺達の頭に残った情報といえば、
・しかるべき準備をして
・ちゃんと慣らして
・無理はしない
この薄ぼんやりとした三点のみだったとさ。
「つまりはよー」
ローテーブルに肘をついて、だらしない姿勢で棒アイス(チョコ味)を齧りながら鉄生がぼやく。その対面で俺は話に耳を傾けながら、なかなか溶けないカップアイス(バニラ味)をスプーンでつついていた。本来、夕食後に飲み食いをするのは健康によくないことは分かってはいるのだが、俺達にはどうしても脳に糖分を補給する必要があったのだ。
「今いきなりは出来ねーってことだよな? 明日……ってか、もう今日か、少なくともローション的な奴だけは買ってこなきゃダメだな?」
鉄生につられて壁掛け時計に目をやると、時刻は既に深夜の一時を回っていた。
「あ、でも、ローションじゃないけど使えるのがもしかしたらあるかも」
「は? 何で洋介そんなもん持ってんの? オナホ用?」
「や、違うって! 俺、靴擦れしやすい体質でさ、たまに靴下の中とかに塗ってるんだけど……ワセリン」
こちらをすっげー胡散臭そうな目で見てくる鉄生に、俺は慌てて言い返した。というか何故真っ先にオナホが出てくるのか。女性関係への疑念ではなく。俺が童貞だということは、それほどまでに分かりやすいのだろうか。いや、ちょっと欲しいと思ったことはあるけれども。
「ワセリン……」
「白色の」
確か、先ほど調べた記憶によると、伝統的な潤滑剤みたいな扱いだったような気がするが。
――しばしの時が流れ、草木も眠る丑三つ時。
入浴やら何やらを済ませた俺と鉄生は、間接照明(スタンド等を壁に向けて無理やり作り出した)のみの灯る薄暗い室内でベッドの上、正座をして向かい合っていた。
お互い下着一丁で見つめるのは、二人の丁度中間点に置かれた青いキャップの白色ワセリン(小)。
「鉄生……ムードも何も無くって悪いんだけど、ちょっと聞いていい?」
「おう」
「もうさっき既にそれ前提で準備はしたんだけどさ、やっぱ俺が下なんだ?」
「んん……」
鉄生は口元に手をやり、小首をかしげて少しの間考え込むと、微かに頬を染めつつこう返してきた。
「オレは自然と洋介をソッチで見てたんだが……でも、洋介がどうしてもって言うなら」
「いや、そういうコトじゃないんだ鉄生。ちょっと確認してみたかっただけだから。第一、俺が上だと体力的に持て余しそうな気がするし」
「ん、そうか。ならまあ、もう寝れば」
「うっ……」
軽く先を促されて、俺は一瞬言葉に詰まった。
こうしてどうでも良いような会話を繋いでいる意味は、ひょっとすると俺の中にまだ行為に対する躊躇があるからではないか。そう己で自覚すると同時に、それを見抜かれてしまったかと思ったからだ。
――自分から言い出したことだっていうのに、勝手なもんだ。
俺は心の中で自嘲すると、潤滑剤に手を伸ばす。と、その指先を鉄生が押しとどめた。
「えっ、何さ」
と言いつつ、何となくこれから鉄生が言い出しそうなことについては予想がついている。
「洋介……それはオレがするから」
そして、その予想は一字一句違わず的中した。この共同生活が始まって、幾度となく鉄生に言われてきた台詞である。
「でも」
でも、さすがにそれは悪いっていうか恥ずかしすぎる。だってお尻に塗るんでしょう?
俺が言う前に鉄生はワセリンのキャップを外し、中身を指に取って触感を確かめたりなどしはじめた。
「指、全然怪我治ってねーだろ? ……なんかコレ、油って感じだな。あ、溶けたら透明になった」
「いやでも、そろそろ大丈夫だよ」
「見せてみな? ……まだダメ」
鉄生は俺の手元をチラ見すると、ゆっくりと頭を振った。
確かにまだ爪は再生してないし、勝手に血がにじんでくることもあるけれど、そこまで言われるほどのものだろうか。キレイにしてるからバイキンとかも大丈夫だと思うのに。
「ぶつくさ言ってないで、横になれよ」
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