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7-3※
しまった、またやっちゃったか、と思う間もなく、俺は鉄生に上半身を押され、ベッドの上に引き倒されてしまった。途端に大気に薄っすらとメロンソーダの香りが混じり始める。
息もかかりそうな至近距離で目の中を覗き込まれながら、愛用のボクサーパンツをゆっくりとずらされていく。徐々に肌が露わになる感覚に羞恥心を煽られ、俺はぐっと目を瞑った。
「片足、ちょい上げて」
耳のすぐ近くで囁いた声には、既に若干の興奮が滲んでいた。その指示通りに足を持ち上げると、鉄生はそこからするりと器用に下着を抜き取ってしまった。
一糸まとわぬ姿になってしまった不安感によって、空気中のメロンソーダ濃度がぐっと上昇する。
「なー、洋介」
と、俺の足と足の間に体を割り込ませながら、鉄生が俺の頬をちょいちょいと突いた。
「何」
全身を無遠慮にじろじろと鑑賞される(されている気がする)恥ずかしさに耐え、薄っすら目を開ける。
「オレもさ、一個条件つけていいか?」
「条件?」
「そ、洋介の興味に協力してやる条件」
冗談めかした鉄生の言葉に、にわかに後ろめたい気持ちが掻き立てられる。この行為によって俺は、鉄生の男として、いや人としての尊厳をひどく傷つけているのではないだろうか? そうでなくても、惚れた弱みみたいなモノを利用して足元を見ているのでは? そう思うと、俺はこう答えるしかなかった。
「……いいけど」
すると、鉄生はいたずらっぽくにっと笑って、このような条件を提示した。
「オレとこーゆー関係にある間は、他に恋人は作らないこと。男でも女でもダメだかんな」
「や、作ろうとしても出来ないと思うけど。むしろ無理。俺、どう考えてもモテないし……って、うえっ」
喋っている途中で急にボディプレスをかまされ、俺はたまらず呻き声をあげた。押し倒した俺の首元に顔を埋め、まるで完全に組み合わさった立体パズルのような状態に落ち着くと、鉄生はぽつりぽつりと話し始めた。
「あのよ、オレ、ちょっと洋介に謝んねーといけないコトあんだわ」
「え、急に何だよ」
「洋介が屋上から落ちて、最初に登校して来た日。あの時、オレ、洋介の携帯の履歴から何から全部消したじゃねーか?」
「あ、うん。そういや、そんなこともあったね……うっ」
鉄生が一層強く体を押し付けてきたため、俺は再び低く声を漏らした。
「オレが消したの、自分の履歴だけじゃねーんだ……敬一とか透の名前も、いくつかあった女の名前も、全ッ部消した」
「へ!?」
それは、何とも意外な情報だった。
「悪ぃ……何かすっげェ悔しくて」
俺の顔の横で、鉄生ががっくりと項垂れる。こころなしか、その頬が熱い。
「ちなみに参考までに……女の名前って、どんなのだったか覚えてる……?」
奴は黙ったまま答えない。
「ひょっとして、リナとか雪子だったりしない……?」
……やはり、奴は黙ったまま答えない。
「それさ、実家の姉ちゃんと婆ちゃんだから」
ちなみに、母は“母”という名でアドレス帳に登録されているので、電話とかメールが来たらそのまま“母”と表示される。
「は!?」
がばりと身を起こす鉄生。つーか、しっかり覚えてるんじゃねーか。
「俺の携帯に掛けてくる女って、母ちゃん除くとその二人だけだし……うん、鉄生は俺の女関係については何の心配もしなくっていいと思うよ……」
鉄生の誤解が解けたのはいいが、自分で言ってて何だか涙が出てきそうだ。そんな心の荒みかけた俺の体をがっちりとホールドすると、鉄生は
「愛してる、洋介っ!」
ご機嫌で決め台詞を口にした。そして両手で俺の顔を挟むと、勢いもそのままに熱烈なキスを落とす。もちろん口にだ。さようなら、俺のファーストキス。いやまあ、これからそれどころの騒ぎじゃないモノを俺は喪おうとしているのだけれど。
たっぷりと三分は俺の口内を堪能した後、鉄生はゆっくりと顔を離した。俺はといえば、鉄生との肺活量の差から来た酸欠と、まるで額からメロンソーダを注入されたような感覚に翻弄され、ただひたすらに浅い息を繰り返すだけだ。
「……ひゃっ」
目前に広がる蛍光グリーンの靄を呆然と眺めていると、突然己の体がびくりと跳ねた。俺は、何をされたのかさえ最初は分からなかったが、
「ふうん。洋介、ここ弱ぇんだ」
にやけ顔の鉄生が見せつけるようにソコを指で弄ってきたため、ようやく自分の体のどこからその感覚が発生したのかを理解した。
「あっ、ひゃっ、ちょ、それ……ぇっ」
普段は全く意識することの無い場所、つまり胸の先端をくにくにと嬲られるたび、背筋が自分の意志とは関係なく反り返ってしまう。
「へへ、おもしれー」
そんな俺の反応を楽しむように、鉄生はくすくす笑いながら俺の胸を玩具にし続けた。俺としては、平らな胸を触ってそんなに面白いか、と正直問いたいのだが、いかんせん言葉が言葉にならない。
「くっ、うっ、……っ」
余りにいいようにされすぎな気がして唇を噛んで声を我慢するも、
「っうああっ!」
不意をつかれて胸板ごと下から上へと舐め上げられて、俺は成すすべなく嬌声を上げてしまう。
この反応に調子に乗ったらしき鉄生は、俺の胸の片方を指でこね回しながら、もう片方に向かって吸いついて来た。
「ひ、それ、やりすぎ……っ」
弄られているのは胸なのに、膝ががくがくと震える。胸をちゅうちゅうと吸われるたびに体温はぐんぐんと上昇を続け、腰がやるせなく疼く。気づけば俺のモノは限界まで勃ち上がり、先端からは先走りの蜜まで滲ませていた。
くらくらするほと甘い空気の中、まるで体の中に満ちたメロンソーダが限界を迎えて体外に溢れ出たような錯覚に囚われる。……何となくだが、以前の自分が同じことをされても、こんな風に感じることは無かったのではないだろうか。
――あ、もしかして俺、下触られないのにイくかも。
そう思い始めた矢先、何の前触れも無く胸から鉄生の唇が離れる。不意に訪れた愛撫の絶え間に、俺は全身をだらしなく弛緩させた。
「んじゃ、そろそろコッチ慣らしていかねーとな?」
こちらの意識が緩んだ隙を狙ったかのようなタイミングで、鉄生が俺の片脚をぐっと担ぎ上げる。吃驚して見ると、奴は既に掬い取った潤滑剤を指先でぬるぬると馴染ませるような仕草で玩んでいた。
その指が脚の間にゆっくりと差し入れられるのを見た時、確かに俺は“あの時”や“あの時”のような本能的な恐怖を全身に浴びた。
――お願いあとちょっと、もう少しだけ待って。
そう言おうと口を開きかけたが、遅かった。そう、ちょっとだけ遅かったのだ。
瞬間、腹の奥に突き刺さるようなひやりとした感覚が躰を凍らせ、そして一拍遅れて緑のハレーションが意識ごと脳を一色に染め上げる。
「…………ッ……!」
触れられただけ、正確にはぬるつく指に後孔を一撫でされただけで、俺はイった。
「ありゃ」
朦朧とした意識の端っこを、鉄生の気の抜けた声が通り過ぎる。
――あんなに大げさに頼み込んだのに、結局慣らすところまで行けなかった。ていうか俺、早過ぎだろ……。
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