25 / 35

7-5

 俺が正気に戻ったのは、その日の昼頃のことだ。  混濁した意識の中、最初に分かったのは自分が背後から何者かに抱きかかえられていることだった。  次いで、全身の倦怠感と虚脱感、それに腰の異常なまでの重だるさに襲われる。……体全体が気だるくて仕方がないというのに、どこぞの誰かに抱き枕扱いされているのだからたまらない。 「……んん。洋介、起きたん?」  まだ半分夢の国の中に居るようなテンションで、鉄生が呻く。俺はその腕から抜け出そうと身を捩るが、両手両足でがっちりとホールドされているためなかなか上手くいかない。 「鉄生、ちょっと離してぇ……」  自分の口から発せられたガラガラ声の余りのひどさにちょっとビビる。昨日、いや今日か、俺は一体どれくらい滅茶苦茶な声を出しつづけていたのだろうか。  ……にしても、凄かった。強烈なメロンソーダ感の名残のせいか、未だに部屋全体に薄く緑色のフィルターがかかって見えるくらいだ。  薄グリーンの天井、薄グリーンの壁、薄グリーンのカーテンにシーツ、そして薄グリーンの俺と鉄生。  それらを眺めていると、不意に胸を掠める思いがあった。  ――俺はこれが欲しかったのだろうか。時に命を危険に晒し、体に無理をさせ、人との交流を途絶えさせ、その上おそらく自分のことを一番に思ってくれている男を蔑ろに扱ってまで?  鉄生の腕の力が緩んだ隙に、なんとかベッドから抜け出しながら、こうも思った。  ――ああ、でも、きっと止められないんだろうなあ、どこかがブッ壊れるまで。俺、健康なのだけが取り柄だと思ってたんだけど、なんでこんなことになっちゃったんだろ。人生って本当わかんないよな。  俺が痛む腰をさすりつつも身なりを整えていると、鉄生もよろよろとベッドから身を起こしはじめる。 「……なんかオレ、まだ大分だるいわ」  ぼやく鉄生に向かって、床に脱ぎ散らされたいつものジャージを放ってやる。 「サンキュー洋介」  礼を言いつつ、全裸にジャージの上だけを羽織る鉄生。そして、その露出狂スタイルのまま再びベッドにくたりと突っ伏してしまう。  俺は風呂でも沸かすつもりでいたのだが、脱力感漂う鉄生の姿を見ているうちに何だか起きているのが面倒になってきてしまった。  少しの逡巡の後、俺もパジャマの上だけを羽織って鉄生の隣に寝転がることにした。 「おー、お帰り」 「ただいま」  お互い気の抜けた声で挨拶を交わしあい、しばし疲労に任せて横になる。と、鉄生に横から肩を突かれる。 「なぁ、洋介」 「ん?」  顔を向けると、いつになく真剣な面持ちをした鉄生と目が合った。 「お前、本当に死にてえ理由なんて無いんだよな?」 「……くどいよ」  こんな時にまで、と若干ムッとしながら言い返すと、鉄生はすまなそうに顔を伏せる。 「や、こういう関係になっちまった以上、気になってしょうがなくって……オレの気持ち分かってるから死ぬ前にヤらせてくれたんじゃねーのか、とか考えちまって」  鉄生の言葉は次第に語尾が震えてゆき、最後の方になるともうほとんど涙声になっていた。  俺は、正直心の中で頭を抱えた。どうやったらこの情け深くも疑い深い男に俺の“無実”を信じさせることができるのだろう?   ――そうだ、もう、こうなったら……。 「なあ、鉄生」  俺は身を起こすと、ベッドサイドに腰を掛けた。 「確かに俺、こっちに来るまでは悩みもいっぱいあった。死にたいって思ったことだって……けど、そんなの所詮過去のことだから。でも、今からそれ、全部鉄生に話すよ。ま、今の俺は死ぬなんて真っ平だって思ってるつもりなんだけど、ちょっと鉄生に判定してもらおうかなって。今も俺に、死ぬような動機があるかどうか」

ともだちにシェアしよう!