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8-1 暗め・スキップ可

 ※今回の話には「いじめ」の描写が含まれます。  第八章(8-1、8-2)は飛ばし読みしてもある程度は支障がないように書いてありますので、そのような要素が苦手な方はスキップして下さい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 俺さ、あんまり昔の話とかしなかったじゃん。中学から高校にかけて、俺、全然イケてなくって、楽しい思い出とか全く無いの。……確か小学校低学年の頃ぐらいまでは、そんなこと無かったと思うんだけど。  俺、“トモダチ”連中の中で一番舐められてる存在っていうか、パシリっていうか、下僕っていうか、ぶっちゃけ虐められてて。  俺の“トモダチ”は、みんな幼馴染みたいなもんでさ、ホント小さいころから知ってる奴らばっかりで。まあ、子供の頃はフツーに対等な力関係だったと思うよ。  いつからかなぁ……俺が弱虫扱いされはじめたの。あんまりその辺覚えてないんだけどさ。確かに、運動神経は俺が一番低かったんだけどね。  中学校に上がった辺りから、“トモダチ”の中で俺だけノリが違う感じになってきて、高校で違いがハッキリしだして。俺以外、みんな見事にヤンキーになっちゃって。その頃にはもう、俺、完全にパシリだったよ。  でも、あんまり自分の置かれている立場がおかしいとは思わなかったんだよね、最初は。徐々に徐々に変わっていったから。何だっけ、カエルっていきなり熱湯に入れたら逃げるのに、カエルを入れた水の温度をだんだん高くして行ったら気づかないで茹で上がっちゃうんだっけ。そんな感じだったのかな。  変だって思い始めたの、金せびられはじめてかな。最初は何かにつけて奢らされる感じだったんだけど、だんだんお金を貸すようになって、終いには献上しなきゃペナルティが課せられるようになって。でも、まだその時は殴られたりとかはしなかったな。まだ。あ、でも、髪掴まれたりとか、背中バーンって叩かれたりとかはあったけど。  で、俺、大学受験するために高二くらいから勉強に本腰入れ始めたんだけど、それがいけなかったみたい。ヤツらにとって、勉強する奴は“裏切者”なんだってさ。  それから俺の仇名、ガリ勉になって、そのうちキモオタって呼ばれるようになって。俺、別にオタクっぽい趣味とか無いつもりだったんだけど。でも、オタクの子供はオタクだから、って。ま、親父は本当にオタクっつーかマニアな方だと思うけど。あ、あと、俺の独り言の癖がそーとーキモオタっぽいってさ。  その時初めて知ったんだけど、俺の親、“トモダチ”らの親から嫌われてるみたいで。確かに俺の親、ちょっと変わった職業かな、とは思うよ。  親父はそこそこ有名なイラストレーターで、母ちゃんはそのマネージャーなんだけど。それが気に入らないみたい。好きなことして遊んで金貰ってるくせに、とか、胡散臭い商売してて信用ならない、とか言われてるんだって。  子供の俺から見て、親父も母ちゃんも、別に遊んでなんかいなかったよ。胡散臭い商売っていうのは……まあ、どうかな? どっちにしても、ずっと切羽詰まってる感じだったけどね、イラストレーターも、マネージャーも。  俺がキモオタ扱いされるようになってからは、“トモダチ”の機嫌損ねたら殴られたり、蹴られたりするようになったかな。どーせコイツキモいしいっか、みたいなノリで。その頃には俺もかなり精神的に参っててさ、体にダメージあったら勉強すんのしんどいし。  でも俺、断固として勉強するのは止めなかったんだよね。ソイツらのこと見返すには、大学、それも有名な大学に入って学歴手に入れるしか無いなと思ってたから。  第一のターニングポイントは、怪獣図鑑事件だっけな。あ、俺の中で事件って呼んでるだけだけど。  ある日、俺、親父に頼まれたのね。予約してる本、学校帰りにでも本屋によって受け取ってきてくれないかって。それが怪獣図鑑。何か、リバイバル復刻された古い本みたい。本屋に行くと平積みになってて、それ見て俺、別に予約なんてしなくてもよかったんじゃないかって思ったんだけども。まあ、親父のこだわりだから仕方ないよね。  で、学校帰りに本受け取って、そこを待ち伏せしてたアイツらに囲まれちゃって。おいキモオタ、エロ本でも買ったのかよ、なんて言われて本屋の袋取り上げられてさ。中見て、ヤツら大爆笑だよ。キモオタ、やっぱキモオタだよな、って。で、一緒に入ってた控えの予約票見て、また笑って。親子そろって絶対に犯罪者予備軍だわ、なんて。  俺がソイツらに初めて怒ったのって、その日が初めてだったかも。自分が馬鹿にされるのはいいけど、家族がされるのはちょっとね。いただけなかった。  俺、言ったよ。オマエらも、子供の頃俺と一緒に親父の怪獣のDVD見て楽しがってただろ、って。でも、そんなこと言ったってまあ無駄だったね。  あれは子供が見るモンだから、子供が見て楽しいのなんて当たり前だろ、だって。さすが社会不適合者が考えることは違うわー、だって。で、親父の本、没収されちゃって。  ラッキーだったのは、財布を要求されなかったことだったね。俺、その後に時間見て、もう一回本屋行って怪獣図鑑買って帰ったよ。店員に変な顔されるし、お金も自腹だけど別にいいよ、そんなの。  次の日、学校行ったら俺の机の上に、これ見よがしに怪獣図鑑置いてあったのね。以来、何故か“トモダチ”らは俺のこと無視するようになって。だから、殴られたり蹴られたりとか、パシらされたりはしなくなったよ。ついでに、クラス全員からも無視されるようになっちゃったけど、そのくらい今までのことを考えたら軽いモンだって。  第二のターニングポイントって何だと思う? 俺、本命の大学に落ちちゃったんだ。まあ、一浪、二浪くらいは普通にあるとこなんだけどさ。んで、聞いちゃったんだよね。“トモダチ”の中のリーダーってか、まとめ役みたいな奴が、俺が滑り止めにしてた大学に受かったって。寝耳に水だよ。推薦だって。  悩んだよ。凄く悩んだ。アイツがいる滑り止めの大学には絶対に行きたくない。でも、浪人するのもイヤ。何故なら、地元で浪人なんてしてたらガリ勉してた手前肩身が狭いし、何よりアイツに負けたことになるじゃん。今思えば、幼稚なわがままだよね。でも、あの時はこれで一生バカにされつづけるかも、って真剣に危惧してたな。  で、俺、片っ端から調べたよ。これから受験できる、できるだけ地元から離れた大学。……ほんと、あの頃の俺は遠くに行っちゃいたかった。寒いのは嫌いだけど、寒いことより数倍イヤだったからさ、地元で暮らすの。  そんで目を付けたのがこの大学。俺の卑怯なところが、実はこの大学、親父の母校なんだよね。ここの美術科。それまで名前くらいしか把握してなかったんだけど、その情報ダシにして受験すること許してもらったの。実は前から親父の行った大学に行きたかったんだけど遠すぎて言い出せなかった、でも今からでも受験が間に合うって分かって、どうしても受けたくなった、って。  母ちゃんは、やっぱりそこはさすがに遠すぎるし、折角頑張ったんだから本命の大学をもう一浪してみてから考えたら、なんて言ってたけど、親父が俺の味方してくれたら折れてさ。  親父、嬉しいって言ってくれて、自分が大学生だった頃の話とかしはじめちゃって。その時からはもう時間はずいぶん経ってるし、お前の受ける学科とは違うけど、学校も街も本当にいい所だったよ、って。  その時は俺、かなり良心の呵責に苦しんだけど、でも逆に親父の思い出話のおかげで本気でこの大学行きたいって思えるようになったんだよね。かなり土壇場だったけど。で、無事受かって俺はここに居るわけ。 「で、俺さ、大学生になってココに来て本当に良かったと思ってる。ちゃんとした友達できたし、鉄生とも会えたし、今が人生で一番楽しいよ。ま、事故とか、メロンソーダのこととかあって多少は道踏み外した感あったけど、死にたい理由なんて、もうどこにも無いって断言できる」  俺の話を聞き終わった鉄生は、しばし難しい表情をして考え込んだ後、ぽつりと呟いた。 「ん……わかった、信じるわ」  良かった。一応信じて貰えたようだ。……俺はほっと息を吐いた。が、それもつかの間、鉄生から少し微妙な話題を振られてしまう。 「洋介が最初オレに親切にしてくれたのってよ、もしかして」  鉄生が、ばつの悪そうな顔でこちらを見る。 「……条件反射だったかも。でも、すぐに鉄生はアイツらみたいなんじゃないって分かったから」  俺は多少の躊躇はあったものの、懺悔をするつもりで自分の正直な言葉を述べた。しかし、それに返された鉄生の台詞は、俺にとってちょっとキツいものだった。 「そーでもないぜ。オレが洋介を選んで声かけた理由、気ィ弱そうでオレの言うこと何でも聞きそうだったからだし」  それは、ある意味俺が放った言葉がそっくりそのまま返ってきたような形といえた。  傷ついた、という程でもないチリチリとした痛みが胸を刺す。ということは、この痛みを鉄生も今同じように感じているということなんだろうか?  しばし、気まずい時間が流れる。俺はその雰囲気を流すために、鉄生に水を向けることにした。 「なんか、俺ばっかり昔のイタい話させられるの、不公平じゃない? 鉄生はどうだったのさ、昔。やっぱヤンチャな感じだったの?」  ……それが、あんな話を引き出してしまうなんてこと、欠片も知らずに。

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