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8-2 暗め・スキップ可

※今回の話には「DV・自殺」に関する描写が含まれます。  第八章(8-1、8-2)は飛ばし読みしてもある程度は支障がないように書いてありますので、そのような要素が苦手な方はスキップして下さい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  鉄生は、幼少の頃から荒れ切った家庭で育ったのだそうだ。父親は酒乱でDV、更にはギャンブル癖のある、ある意味オーソドックスなダメ親父(鉄生曰はく)だったという。御多分に漏れず、鉄生の額の傷は父親につけられたものだった。 「まあ、それも赤ん坊の時のことだから、オレは全然記憶にないんだけどな」  と、鉄生は苦く笑った。  一方、母親は気弱で物静かで、父親からの暴力に耐えて泣き暮らしていたかと思えば何の前触れも無く子供を置いて家出をし、数日後にふいっと帰ってくるといった、やや不安定な人物だったらしい。  両親のほかに、鉄生には年の五つ離れた姉が一人おり、彼が言うには 「オレなんかの何倍もスレたド不良姉貴だったが、まだ子供だったオレにゃ優しかったよ」ということだ。  子供時代の鉄生の生活は熾烈を極め、家庭の中ではいつも肩身を狭くしていたらしい。特に冬は苦しかったという。基本的に父親が家の中に居る時はタンスか押し入れの中に隠れ、引きずり出されたら団地の中を逃げ回る。冬のさ中、風呂に入っている途中に機嫌の悪い父親に裸同然の格好で家から追い出され、団地の階段で風と寒さをしのぎながら一晩過ごしたことすらあったそうだ。 「でもよ、冬には嫌な思い出しかないわけでもねーんだよな。クリスマスくらいの時期に、母親がどっかからスノードーム貰ってきて……多分、何かのノベルティみてーなタダの奴なんだけどな。ほら、あの真ん中のアレ」  言って、鉄生は本棚の上に並べられた物の中の一つを指さした。赤い台座の、一際古いスノードームだ。 「最初は姉貴が貰ったんだけど、オレ、すげー羨ましそうに見てたんだろな。姉貴がオレに譲ってくれたんよ」  暇さえあれば振って遊んでたな、と鉄生は懐かしそうに呟いた。 「あん中にあるちゃちぃ家、アレがオレの本当の家で、そこで本当の俺が家族皆で幸せに暮らしてるような気がしてな。だから、何があってもアレだけは死守したぜ。ま、んなコトもあって、今でも見かけたらたまに買っちまうんだよな、スノードーム」  怒鳴り散らし暴力を振う父親、嵐が通り過ぎるまでを何とかやり過ごすことで命を繋ぐ子供、いまいち何を考えているのかわからない母親。この構図が徐々に変わり始めたのは、鉄生が中学生になった辺りだったという。  何のことはない、単に鉄生の体が成長し父親に対抗しうる力を得たというだけの話だ。この頃になると、母親は鉄生やその姉に対し、しばしば寄りかかるような姿勢を見せ始めるようになったという。  一緒に逃げたい。貧しくてもいいから、父親から離れて三人だけで暮らしたい。 「今思えば、なぁに都合のいい時だけ都合のいいこと言ってんだ、みたいな気持ちになることもあるけどよ、あの時は俺も姉貴も嬉しくて。そーとー頑張ったよ、子供なりに」  天井をぼんやりと眺める鉄生の瞳からは、何の感情も読み取ることができない。  そこからは、割ととんとん拍子に事が運んだという。鉄生と母と姉の三人は周囲の助けも借りつつ、半ば夜逃げするようにして父親から離れることができた。また、その後に父親が怒り狂って追いかけてくることなども無かったらしい。鉄生らは、つかの間の平穏を手にしたのである。 「その頃、オレ本当に調子に乗ってたわ。昔っからさんざん虐げられてきた親父に勝ったような気になって、何でもできるって勘違いしちゃったんだろーな」  鉄生は詳しくは語らなかったが、彼が最も“見た目通り”だったのは、そのあたりの時期だったらしい。  順調に回っていたかに思えた歯車が突如狂ったのは、鉄生が高校に入学した年だった。彼の母親が自ら命を絶ったのだ。当初は彼女の自殺に動機が見当たらず、鉄生もその姉もただ困惑するばかりだったという。が、後に母親のつけていた家計簿に遺書めいた文面が書き記されているのが見つかり、彼女が自死した理由が判明した。 「オレ、それ読んで初めて知ったんだよな。親父がとうとうアル中で死んだこと」  鉄生の母親の自殺の動機は、“後追い”だった。 「なんか、オレも姉貴も悲しむよりも白けて来ちゃってさ。最後まで訳の分からない母親だったな、って笑いあって。んで、もう仕方がないから姉弟で生きていこうってことになったんだな」  鉄生は、既に社会人だった姉と暮らしながらバイトに明け暮れた。叔父の店を手伝いはじめたのもこの頃だったという。しかし、この段階では鉄生は大学に進学する意思は特に無かったらしい。  鉄生が高校三年生に進級した年の五月、彼の心境を大きく変化させる出来事が起きた。  彼の姉もまた、突如として命を絶ったのである。鉄生曰はく、 「朝起きたら、風呂場の照明からぶら下がってた」のだとか。  遺書は残されていたものの、そこにはたった一言、“先に行きます”と書かれていただけで、具体的な動機については“今度こそ”分からずじまいだった。 「叔父さんからオレ、こんな話されたんだよな。ウチの家系は呪われてて、女は大体自殺で死ぬんだ、ってよ。しみじみって感じでさぁ、お前は男で良かったよ、つって。オレ、そん時一気に色んな思いが押し寄せてきてなぁ。んなわけあるかよ、とか。それって遺伝とかの問題じゃね、とか。姉貴、実は深刻に悩んでたのかな、とか。でもさ、どんだけ考えても疑問ばっかで答えがでねーの。ホントこれじゃだめだって思って、オレ大学行ってちゃんと勉強しよって。ほら、ここって、そういうのの専門の教授とかいるだろ。まあ、そんな安易な考えで都合よく答えなんて見つかんないだろうよ。うん、分かってる。でも、なんか気が済まなかったんだよな。ある意味、現実逃避みたいなモンだ」  鉄生は高校三年になってから猛勉強を始め、無事卒業した後二年働いて学費を貯め、そして地元の大学にどうにかこうにか合格し、漸く大学生として生活しはじめたのだそうだ。  余りの壮絶な話に言葉も出ない俺に向かって、鉄生は自嘲的に笑ってこう言った。 「引いたろ」

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