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自宅に帰った俺は、お馴染みの心配性(過保護性?)を発揮した鉄生により、強制的にベッドに寝かされ安静を余儀なくされていた。
少々暑く感じるほどの室温の中、眠たくも無いのに布団に包まった俺は、いよいよ混乱を深くしていった。
――いや、おかしいだろ。メロンソーダって、そもそも飲み物の名前だよな。それを何で俺は当たり前のような現象として受け入れていたんだ? ああ、いや、最初は病院にもかかったりしたっけ。それからどうした?
ぐるぐると考えるが、“メロンソーダ”に夢中になっていた時の気持ちを思い出そうとしても、それこそ言葉通り“夢の中”の出来事のようで、さっぱり現実感がない。……ほんの一、二日前のことなのに、自分が自分で無いようで気持ちが悪かった。
――それに、鉄生。俺、鉄生とセックスしたんだよな? うん、覚えてる。最初は事故みたいなもんだったけど、次からは俺から誘ったんだっけ。“メロンソーダ”が欲しくって。それさえあれば、この先ずっと幸せでいられる、なんて考えてた。シてくれるなら、一生鉄生と一緒に暮らしてもいいとさえ思ってた。その時は。
……じゃあ、今は?
鉄生はローテーブルの所で何をするでもなく座っている。彼は、俺のために静かにしていてくれているのだ、きっと。
「ん? 腹減った? オレ、何か作るけど」
鉄生が俺の視線に気づいて顔を上げる。
「あ、いや、……いい」
その優しい態度に、何故か胸が締め付けられるように痛んだ。
考えれば考える程、俺の脳内はぐちゃぐちゃにかき乱されていく。俺はぎゅっと目を瞑り、顔を思い切り枕に埋めた。
――俺、一体どうしちゃったんだ。
何だ、何だと自問を繰り返しつつも、腹の底では薄々理解していた。そう、“俺は治った”のだと。
――なら、俺はこの状況をどうすればいい?
「何だ、寂しいんか? 洋介」
仕方がないな、という風にベッドサイドまで歩み寄ってきた鉄生は、俺の布団を整えついでに頭をぽんぽん、と触って行った。
「アレは、ちゃんと体治してからな」
と、こう言い残して。
アレって……いや、分かってる。アレはアレだ。そう、セックス。
全身をだらだらと冷や汗が伝った。余りに以前と変わってしまった状況に、俺は恐怖さえ感じた。……もちろん、その折に“メロンソーダ”が香ることは無かった。
セックスのことを意識した途端、俺は自分の体に纏わりつくような視線が気になり始めた。どれだけ布団に潜り込んでも、鉄生が見ているような気がする。
鉄生のことは好きだ。ちゃんと恋愛対象として好きだ、と思う。彼の家庭環境云々抜きにしても、その気持ちは変わらない。たとえ“メロンソーダ”が必要なくなっても。
しかし、“メロンソーダ”無しの状態で俺は彼とセックスできるだろうか?
よくよく考えて見ると、俺が彼とのセックス中に濃い“メロンソーダ”を感じていたということは、俺がその行為に恐怖を感じていたということに他ならない。
“メロンソーダ”の抜けた今、俺にとってソレはただの“恐いコト”になり果ててしまったのではないか? そう思うと、自分の気持ちを確かめるために行為に及ぶ勇気は無かった。
――俺は鉄生が好きです。でも、俺は彼を都合の良いセックスの相手にしていました。そして、今度はそのセックスが怖くなってしまいました。……何て自分勝手なんだろう、俺は。
果たして、その“好き”は鉄生の“愛してる”に見合うだけのものなのか?
……一度、一人になって考えたい。もしくは、彼ときちんと付き合っていく覚悟を固めたい。今更かもしれないが、強くそう思った。
と、不意に、以前鉄生が口にした言葉が頭の中に蘇る。
『これからもう一遍考えてみちゃくれねーか、オレと付き合うって話。で、冬休み終わるころにでも返事くれや』
そうだ、少なくとも鉄生とこの先どうするかについては、俺はこれから返事をしなくちゃならない立場にあるんだ。なら、鉄生に今の俺の状況を正直に言って、一旦考えを整理する時間を貰うこともできるんじゃないのか?
幸い、大学の冬休み期間が終わるまでには、まだ数日の猶予が残されている。
俺は、もし明日目覚めても自分がこのままなら、朝一で鉄生に相談しようと決心した。そして、鉄生はきっと分かってくれるだろう、という希望的観測を胸にその日は無理やり眠ってしまった。
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