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エピローグ1

 ――そして、ようやく冬の寒さも和らいできた頃。ぽかぽかと陽気の心地いい小春日和、例の屋上のテラスにて、俺と鉄生は何をするでもなくぼんやりと空を眺めていた。  ここしばらく、放課後にこうやって二人で並んでベンチに座り、とりとめのない時間を過ごすことが俺たちの日課となっている。  何故か? 俺が鉄生を口説くため、である。  親友に告白されたと思っていたら、今度は俺がソイツを口説かなきゃならない立場になっていた。ああ、本当に人生ってやつは分からないぜ。 「たしか俺、これから真剣に付き合っていきたい、って返事したよな。なのに、鉄生の方から断るなんて、ヒドくない?」 「だってよー、洋介って意外とワガママだし嘘つきなんだもん。ちょっとやそっとじゃ信用できねーって」 「嘘つきって……」 「あれ? だって、返すって言ってた病院代まだ返してもらってねーし、マフラーだってさぁ、値札見て吹いたぜオレ」 「マフラーのアレはああ言わなきゃ仕方がなかったじゃん!……病院代は忘れてました……ゴメン、バイト代入ったら返します……」  柔らかくそよぐ風からは、もう冬の匂いはしない。こんなに気持ちのいい場所なのに、何で人が来ないんだろう。やっぱり移動に不便だからなのか。まあ、そのおかげで二人きりでゆっくりできるんだから、いいんだけどね。 「あ、そーだ。洋介、コレ見てみ」  俺がキャンパスを行きかう人の群れを見ていると、鉄生が鞄から何やら怪しげな色をしたペットボトルを取り出した。  鮮やかで、どこか人工的な緑色をした液体の入ったペットボトルのラベルには、こう書かれている。“昔なつかしい味・喫茶店のメロンソーダ”。 「あ、すげー」 「珍しいだろ。オレの下宿の近くに、ヘンな飲み物ばっかの自販機があってさぁ。他にも、シチューラムネとかジンギスカンコーヒーとか、あとプリンスムージーとか……」  鉄生は一旦言葉を切るとペットボトルの栓を開け、中身を一口あおる。 「う~ん……」 「どう? 味の再現率とか」  眉間に皺を寄せて考え込む鉄生を覗き込むと、無言でペットボトルを渡された。  俺は興味津々にメロンソーダを口にする。やや酸味の勝った人工的な甘み、しゅわしゅわと弾ける炭酸に独特の香料の匂い。正に見た目七割味三割といった感じか。 「……うん、こんなもんじゃない? 懐かしい味」 「オレ、そのテのを子供の頃に全然飲まなかったからかなぁ、あんまピンとこねーわ。思い出の味っつーと水ごはんとかきなこごはんとかパンの耳とか」 「やっぱ、こういうのの美味しさって思い出補正もあるのかなぁ。にしても、なんで“メロンソーダ”だったんだろ」  俺は、手元のペットボトルに目を落とすと、あの数か月に及ぶ目まぐるしい日々に思いをはせた。  メロンソーダ。加速と落下。紙コップの中で揺れる緑色の液体。浮遊感。急な坂道。恐怖。快感。混乱。遊園地。ジェットコースター。 「――あ!」  急に大声を出した俺を、鉄生が不審そうに横目で見る。 「んだよ、突然」 「そういえば、俺、思い出あったかも。メロンソーダ絡みの」  長年に渡り完全に忘れ去られていた記憶が、脳裏にありありと蘇る。  それは、まるで淀んだ沼の底にずっと沈んでいたモノが、突如として水面に浮かび上がって来たかのような感覚だった。 「……へえ。どんな?」 「いや……、別に大した思い出じゃないんだけどさ。小学生の頃、俺の誕生日ってことで友達らも家族みんなで予定併せて遊園地行ったんだ。んで、しばらくは楽しく遊んでたんだけど、ジェットコースターに乗った時、俺だけ怖くて泣いちゃって、腰抜けて歩けなくなっちゃったんだよな。友達らは皆平気で、俺置いて何度も何度も乗りに行って。で、俺、一人で売店の店先に座って親父の買ってくれたメロンソーダ飲みながら一日過ごしたの。よく考えたら、それからだったな、“トモダチ”らに弱虫扱いされはじめたのって」 「ふ~ん……でもそれ、悪い思い出だよな? 多分」  さして興味もなさそうに言うと、鉄生は大きく伸びをして天を仰いだ。その様子がやけに気持ちよさそうに見えた俺は、メロンソーダのペットボトルをベンチに置くと鉄生の真似をして力いっぱい伸びをする。 「まあ、脳みそって不思議がいっぱいだから……って、鉄生!」  何となく話のお茶を濁しつつ隣を見ると、鉄生はペットボトルを豪快に一気飲みしている所だった。みるみる内にメロンソーダは鉄生の喉へと消えて行き、まだ七割ほど残っていたペットボトルは一瞬で空になってしまう。 「ああっ、俺、もうちょっと欲しかったのに~」 「元々オレのだろ」  口をとがらせる俺を横目に、鉄生は苦し気におくびを一つ漏らした。 「うえぇ……意外と炭酸キツいな、コレ」 「もう、一気に飲むからさぁ……あ、そうだ」 「次は何だよ」

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