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知らなくていい〜side 双葉

******  初めてあの子を見かけたのは、母の慈善事業の手伝いに駆り出された16歳の春。様々な事情で親元から離された子供達が過ごす、児童養護施設だった。  6歳になったばかりの秋は、部屋の隅で床にぺたりと座り、一人黙々と積み木を重ねて遊んでいた。    その姿がやけに気にかかり、歩み寄って話しかけた。  『何してるの?』  『おうち、つくってるの』  『おうち?』  『うん。あきのおうち。…ないから』  『っ、…あっちで皆と遊ばないの?』  『…ひとりでいい』  小さな身体はどこもかしこも細く頼りない。今にも消えてしまいそうな儚さだった。  この小さな子供を護りたい。唐突にそう思った。この子の『おうち』を俺が造ってあげよう。そしてその中で大事に大事に育ててあげる。  家に帰ってからも、あの子の事ばかり気になって仕方がなかった。グズグズしていたら誰かに取られてしまうんじゃないか。もしかしたら消えて居なくなってしまうんじゃないか。居ても立っても居られなくなり母にそう告げると、せめてバース性がはっきり分かるまで待ちなさい、と止められた。  それからも度々養護施設に足を運んでは、あの子を影から見守った。少しづつ成長していく姿に胸が高鳴る。もう少し、あと少し。そうやって手を拱いている内に、あの子は突然施設から姿を消した。  親に聞いても知らぬ存ぜぬを貫かれ、挙げ句家の為にと婚約者まで用意された。けれど俺の意思は変わらない。あの子を手に入れる為なら家だって捨ててやる。大学を卒業し、やがて社会へと足を踏み入れても意思は変わらず、いつしか親も諦めたんだろう。  グループ傘下の、業績の落ちている数社の立て直しが全て出来たら、望みを叶えてくれると約束を取り付けた。   そして漸くここまで来た。  俺の可愛い秋。お前は何も知らないだろう。立花の家に養子に迎えられたのも、その会社の不渡も、全てはお前を手に入れる為に仕組まれた罠だなんて…。  知らなくてもいいよ。知る必要もないさ。  お前の『おうち』は、俺が全部用意してあげる。  発情期が来ない事を、気に病んでいるのは分かっていた。  けれどそれがなんだ。俺は全く気にもしていない。寧ろそのお陰で、今まで無事でいてくれた事を、神に感謝すらしている。  だから焦る事はないんだよ。  少しづつ堕ちておいで。  この手の中に…。        

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