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お義母様と僕

******  「秋さん。いつになったら、孫の顔を拝ませてもらえるのかしら?もうそろそろいいんじゃありません?」  「は、はい。…え、っと」  今日は中条の本宅へと呼ばれて訪れていた。ここへ来るといつもこの話だ。お正月に新年のご挨拶に来た時も、まったく同じ口調で同じ事を言われた。  あれから2ヶ月。今日はこの義母の誕生日だ。花がお好きだと伺ったので、薔薇のブリザーブドフラワーを手作りして持参した。我ながら良く出来たと思うんだけど、気に入って貰えたかどうかは分からない。  「まぁまぁ、奥様。秋さんはまだお若いんです。もう暫らくは、双葉様とお二人の時間をお過ごし頂いてからでも、宜しいと思いますよ」  そう言って仲裁に入ってくれたのは、中条家の執事長、梶原さんだ。初老のとても優しい柔和な方で、僕がこの本宅へとやって来た時はいつも、梶原さんがこうして助け舟を出してくれる。  双葉さんも言っていた。困った時は梶原を呼べって。  「あら。私は秋さんの歳の頃にはもう、双葉を産んでいましたけど」  「奥様と旦那様は、大恋愛の末のご結婚でしたから。お子様を早くに授かられたのも当然で御座います。本当に仲睦まじいお姿を、梶原は今でも覚えておりますよ」  「お義父様とお義母様は、恋愛結婚だったのですか!?」  僕はちょっと吃驚だった。こんな名家の婚姻に、恋愛結婚なんて無理なんじゃないかと思っていた。  「左様でございます。旦那様と奥様は、長い間愛を育まれ、そうしてご結婚なされたのですよ」  「…んんっ、梶原。もう止しなさい。秋さんの前で何ですか」  「あ、あの。僕、聞きたいです。お義母様とお義父様のお話。教えて下さい」  「…ま、まぁ。藪から棒になんですか。 梶原のせいですよ」  「宜しいじゃありませんか、奥様。折角です。お話されては如何ですか」  「お願いします」  いつもは冷たい印象しかなかった義母が、ほんのり頬を染めて少しはにかむ姿は、うら若き乙女のようで、僕は不謹慎にも可愛らしいと思ってしまった。 「……そうして私と御当主は無事に結婚を、 …秋さん? どうしましたか?」  「ふぅう…、ぐずっ、…ご、ごめんなさ…」  「まぁまぁ。男の子がそんなに泣いて…」  「だって…、お義母様とお義父様が、無事にご結婚、…出来てよかっ……た、て思ったら、…ぅ、嬉しくて…、」  「秋さんったら。…もう、私まで、貰い泣きしてしまいそうですよ」    義母の話はとても感動的だった。元々別々の方との縁談が既に決まっていた中、社交場で運命的な出逢いをなさり、反対する両家との間で一度は諦めたものの、お互いに忘れられず駆落ち覚悟で手を取り合い、様々なご苦労の末めでたく結ばれたのだ。それに知らなかった。…この義母もまた、オメガ性であったなんて。  「お義母様も、オメガだなんて…。僕、知りませんでした」  「別に隠していた訳ではありませんよ。私の実家には、時々オメガ性の子供が生まれていたの。その内の一人が私でした。あの当時はまだまだオメガに対する偏見も酷く、それはそれは苦労をしたものです」    今でこそバース差別はナンセンスだという風潮だけど、ほんの2、30年前はそうだろうな。歴史でも学んだし。その陰には急速に発展した、抑制剤や特効薬の開発もあった。だから僕は、養父である立花の両親が大好きなんだ。彼等の働きのお陰で、今の僕等はのびのびと自由を手に入れられているのだから。  「あなたのご実家である立花製薬は、私達の希望なのよ。数年前の新薬も、ようやく副作用の無い安全な抑制剤として、今はとても評判が良いらしいわね」  「はい。お陰様で父もこの頃はだいぶ落ち着いたと話しておりました。これも、中条家のご支援のお陰です。本当にありがとうございます」  「そう。それは何よりだわ」  「…あの、お義母様。僕、少しご相談したい事があります」  義母のバース性を知って、どうしても聞いて欲しいと思った。僕の発情期が何故来ないのか、どうしたらそれが来るのか…。この方になら、何かヒントを貰えるのではないかと思ったんだ。  「秋。迎えに来たよ」  「双葉さん! おかえりなさい」  仕事が終わった双葉さんが、本宅まで僕を迎えに来てくれた。  僕は嬉しくてつい抱き着いてしまった。…お義母様や、お義兄様の居るのも忘れて……。  「んっ、んん。秋さん。はしたないですよ」  「っ!あ、すみません」  恥ずかしい。パッと双葉さんから離れて、ちんまりと大人しく、双葉さんの横に並んで立った。  「今日は遅くまでお邪魔しました」  「いいえ。またいつでもいらっしゃい」  「ああ。今度はそこの、朴念仁も一緒にな」  「…? 何だ。朴念仁、て」  一人だけ訳が分からないという顔をした双葉さんに、3人で顔を合わせてクスクス笑った。  「さぁ、帰りましょう。双葉さん」  「ん?…うん。…ああ」  何だか双葉さんが可愛い。いつもの余裕綽々なのも格好良くて好きだけど、たまにはこんな双葉さんも可愛くていいな。  真新しい薔薇のブリザーブドフラワーが飾られた、広々とした玄関ホールを抜けて外へ出る。車寄せの送迎車に乗り込み、僕達は愛しい我が家へと帰った。  うん。やっぱり薔薇にして正解だったね。  お義母様にも気に入って貰えたみたいで良かった。      

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